6万打記念小説
□犬は歩けば
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「…………」
ぱったぱったと目の前の尻尾は機嫌の悪い事を示すかのようにふわりと持ち上がっては布団を叩き、何度も叩かれた布団は次第に尻尾のように跡を残していた。
その尻尾の持ち主は犬……では、無く。
犬も歩けば
「……で、どーして俺さまはこんな耳と尻尾を付ける羽目になったんだよ?」
紅い髪、白い肌。
誰もが一度は振り向く美形、そして世界樹の神子として世界に2人しかいない存在、それがゼロス・ワイルダーと言う存在なのだが。
彼は不機嫌な顔を隠しもせず、そしてその布団を叩きつけるかのような尻尾の動きと些か毛が立った様子のある耳を付け……つまり、不機嫌丸出しでこの原因であろうと考える科学部屋の人物(主にジェイド)に向けて睨みをきかした。
「そうですねぇ。説明を求めるならば、ガイあたりがいればいいんですけど」
「ガイ君はこの事に関係してないんだから呼んだって説明できるわけねーだろ?」
「おや、ばれましたか」
仕方ありませんねぇ、と肩を竦める様子にゼロスは更に尻尾を強く布団に叩きつけた。
その様子に同じ村の出身で先生であり、世界樹の、ラルヴァの研究をしていたリフィルは口元を押さえて首を大きく反らしてゼロスから背中を向けた。
その心情は決してゼロスに今まで向ける事のなかった『可愛い』と言う思いが溢れだしそうになったからなのであるが。
そんなリフィルの態度など目もくれずにゼロスはたしたしと尻尾をベッドに叩かせる。
「まぁ、説明するなら暇つぶしと気晴らしにチャットの動物嫌いを克服しようと考え、ユージーンを向かわせたら泣かれ、ならばもっとハードルを低く犬の細胞を少しだけ含んだ人間なら大丈夫かと思ってハロルドと共同開発し」
「たまたまちょうど良く、薬を持った私たちの前をあんたが通りかかったから実験台にさせて貰ったってわけよ」
仕方なしと説明を始めたジェイドの言葉を、途中名前の出たハロルドが依頼を終えて帰ってきたのか入口付近で続けた。
その姿に、そこにいると思っていなかったのか尻尾の動きまで止めてきょとんとするゼロスに今度は奥で極力見ない様にしていたフィリアががくりと腰を落した。
(な……なんで、なんでゼロスさんが犬の尻尾と耳を付けただけなのに……あんなに可愛くみえるのでしょうか……!!)
(わからない……けど、このままゼロスがここにいたら私の理性も持たないかもしれないわ…!!)
鼻を互いに抑え、何かが出てきそうなのを抑えてリフィルとフィリアは小さな声で話す。リフィルの言葉に頷く様子にやはり自分の思考は間違ってはいない、正常なのだ、あの犬耳と尻尾のせいなのだとリフィルは思い一瞬ゼロスを見てからまた顔を反らした。
「直ぐに効果は出ないとは思ったけど一日も掛るとは思わなかったわねー」
「昨日かよ!俺さまに仕込んだの!?」
そんな事は知らずにハロルドは楽しそうに笑うとスキップをするように軽やかにゼロスに近づいて、目の前で下から上目遣いで見た後ににっこりと笑う。
「そ、とゆーことで」
データ採取させて。
その言葉に、というよりもゼロスはデー、という言葉のみで続く言葉を理解し一瞬でハロルドの横をくぐりぬけて科学部屋から飛び出したのである。