パズル
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「あれれ、ゼロス君?」
「んお?」
まだ深夜と言える時間帯。
多くの人は夢の中で静かなさざ波だけが響く時間帯のカプワ・トリムの港。そこが歌の発生源であり、歌っていたゼロスがいる場所であった。
防波堤の先で座り、風に紅い髪を靡かせて海のさざ波を眺める青年は確かにユーリが惚れるのも分かるくらいに綺麗であり、儚げに見えてレイヴンは己の思考に苦笑いをしながらゼロスの隣に「よっこいせ」と掛け声をかけつつ腰を下ろした。
こんな事を本人に言ったら、俺さまは美しーからそんなの当たり前だぜ?と言うかそれとも頭でも打ったのか?それとも打たれたか?と心配されるかどちらか(この青年は感情の起伏によってその返答が180度くらい変化する不思議な所がある)為、レイヴンは取りあえずその両方を避けるために「綺麗」と言う言葉は避けた。
……と、こっちをじっと見つめてくるゼロスの視線。
「……おっさんくさ」
「だってもう、おっさんだもーん」
そのゼロスの言葉にレイヴンは開き直ったかのように笑って言えば、まだ暗い海に視線を伸ばした。ゼロスもレイヴンに従ってまた海に視線を戻す。
「……で?こんな夜中に何を一人で歌ってたのかな?」
「あー?んだよ、聞こえちまったのか?」
「うん、ばっちり」
さざ波だけが聞こえるようになってからレイヴンは海を見ながらにゼロスに質問をすると、ゼロスは恥ずかしげに頭を一度掻いた。
「……俺さまが異世界な人間な事は認めてくれてる?その向こうで女の子たちがよく温泉とかで歌っていた歌、なんだよな。俺さまにはもうどうでもいい歌詞なんだけど、なぁんかふと歌いたくなったってか?」
「ふうん?」
ゼロスの言う異世界、と言うそれは最初は信じられるものでは無かったが、ゼロスが持つ魔術は確かにエアルを介していないし、彼の持っていた面白武器(ハリセンやら豪華絢爛なけん玉やら玩具みたいな短剣やらバットやらと言ったものは、もう既にそれぞれの武器として固定され、彼らの気まぐれに寄って使われるようになっているが)や、それを入れるウインドパックと言うモノもこの世界には存在してはいない。
そして何より、ゼロスは武器魔導器を使わずに己らと同等以上の力を発揮する。その事実はゼロスが異世界の人間である事を認めざるを得なかった。リタは非科学的だと最初は怖がっていたがゼロスの人柄に慣れたかもうそんなことは気にしなくなっていたのもあって、彼が異世界の人間であることに誰も不思議に思う事は無くなっていた。
「ね、ね。どんな歌?おっさん、誰にも言わんからもう一度歌ってくんない?今ちょうど眠れなくてうろうろしてたのよねー。だから子守唄がわりにさ」
「……徘徊?その歳で徘徊はまずいだろ?おっさん本当に35か?サバよんでねー?」
「ちが!!つか酷!!おっさんそんなに年食ってねーわよ!!サバもよんでないから!!」
にっこりと笑って言えば、とても残酷な事をあっさりと言う青年にレイヴンは慌てて否定すればゼロスは笑みを浮かべて手を身体の後ろに置いた。
そしてまだ暗い空を見上げて目を閉じた。
ふわりと、潮の香りの強い風がゼロスとレイヴンの身体に当たって流れていく。
「嘘だよ、俺さまみたいに寝なくていいならまだしも、おっさんは寝ないと明日辛そうだもんなー。元上司との一戦、なんだろ?」
まぁ、あんまりうまくないけど、そこは俺さまの美声でカバーしてね。
そう言ってゼロスはまた口を開いた。
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