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「まあ、首尾は上々のようだな下等生物の分際で」
「お前こそ、大層なもんもらってんじゃねーか」
そう言葉を交わして夜鷹と海象は、互いに室内の机の上にそれを置く。
それとは言わずもがなチョコである。
今日は2月14日なのだ。この二人ならば貰えないということはないだろう。
義理や本命かは解らないが、それなりに人望も人気も無くはないらしく、手に持てるギリギリの量の甘いカカオと油の塊たちは可愛らしくラッピングされて山を作っている。
二人は互いのそれを見て、じろじろとねめつけあっていた。
「ふん、よくそれだけ貰えたものだ。貴様如き下等生物にそんなものを渡すとは女子達は一体何を勘違いしたのか。ああでも、下級生や同級生にはなかなかモテているようではないか。面倒見がいいとかどうとか噂が聞こえてくるぞ」
「ああ?それならお前こそ女子供には優しいって聞くぜ?お前はそのあーだこーだ五月蝿い口閉じれば結構見目良いしな。何もしなくても貰えるんだろ。甘い物好きだからチョコ喜んでくれるって女達がキャーキャー言ってた気がするし。本当に騙してるのはどっちだよ」
冷ややかな、それでいて突つき合うように二人は言葉を重ねる。
相手の目を見ることなく、ただその積み上げられたそれを見つめて、夜鷹と海象は鼻を鳴らした。
「騙しているわけが無いだろうこの下等生物が。貴様と違ってこの私様は日頃の行いが良いからな。貰えて当然だ」
「何が日頃の行いだよ。お前なんていつも鳳凰の後ろに付きまとってるだけだろうが。」
「貴様!鳳凰様を呼び捨てにするな馬鹿者!ふん、どうせ貴様など義理チョコしか貰えてないのだろう?悲しい奴だ」
夜鷹は机の上の包みを一つ掴む。
それは小ぶりだが丁寧に飾り付けされた可愛らしい包み。
「あ、触んなバカ!じゃあ―――お前はどうなんだよ!!」
それに負けじと海象も一つ手に取った。
夜鷹が嫌そうに顔を歪ませ、その手を掴んで睨み付ける。
「貴様!人の持ち物に手を出すなど意地汚い!流石下等生物だな。やることがいやらしい」
「お前からしたんだろ!ってかどう見てもこれは手作り―――…ちょ、開けようとすんな!」
「五月蝿いわ、男なら見られたところでどうにもならんだろ。ふむ…なかなか美味いではないか。下等生物には過ぎた物だ」
「男とか関係ねえ!だから食うなっ!食うなって!!」
目の前の包みを開けてはぽんぽんと口に運んでいく。
本当にこの貴族は、希にとんでもないことをやってのけるのだ。
既に三つ目の箱を手に取る夜鷹に、海象は「お前なあ!」と声を荒げる。
「人の物を勝手に開けて食うなよ!くれた奴に失礼じゃねえのかそれ!」
「何だ?どうせ貴様はこれらを全部食べ切らないだろうから私が食べてやっているまでだ。食べられずに放置するほうが失礼というだろう。それに、よく見るとなかなか美味く出来ていそうな物ばかりだ」
それとも何か?と、夜鷹は薄ら微笑み目の前のチョコの山に目を仕向ける。
「貴様はあのチョコを一つ残らず食べ切れるというのか?」
一山はある甘い塊を、全て食えるのか?
その言葉に海象はむっと言葉を詰まらせて、戸惑った。
流石にこの量を食べ切れるのかと聞かれればそれはハッキリと頷くことは出来ない。
しかしそれでもこう目の前でその手作りのチョコ達を包みを取り中身を口にする夜鷹を見て何とも思わないわけではない。
少しだけ、むっとした。
「食えねえけど…だからと言ってお前が食っていい物じゃないだろ。だから返せって」
すると向こうもむっとした顔になり、伸ばされる手を叩き落とす。
そしてそのまま踏ん反り返って夜鷹は言った。
「だったらこのチョコを私に寄越せばよい。そうすればこのチョコは私の物になり、それならば食べたところで何も言われる筋合いはないだろう?」
「……………は?」
つまり要約すると。
『そのチョコくれ』
と、いうことらしい。
「ふむ。我ながらいい考えだ。それで万事解決。問題なしであろう」
「いや、あるだろ色々と…」
だからもともと貰い物だし、きっとその中には手紙とかも入っているかもしれない。
それに貰ったところで夜鷹はそれを全部食べ切れるのか。
「それに……」
海象はそこで頭に浮かんだその言葉を打ち消した。
「“それに”…何だ?」
「いや、何でもねえから…」
―――今日が2月14日だということだとか
関係、ない……だろ?
「あー…もう、チョコ、欲しいならもってけよ」
赤くなる顔を隠すように彼はそう潔く言った。
「そう、始めからさっさと渡せばいいものの…男らしくないな貴様は」
「うるせえっ」
「ふん」
しかしそう言いながらも嬉しそうに心なしか嬉しそうにチョコを受け取り食べ始める夜鷹。
海象はそれを見て呟く。
「別に…そんなんじゃねえし…」
何がだ?という言葉を無視して、海象は机の上のチョコに目を向ける。
その山を何故だか蹴り飛ばしたくなった。
そんなチョコを食わせるくらいならちゃんとした自分からのチョコをあげたかった…
と、思ってしまう自分はきっとこの部屋に充満するチョコの香りに頭がやられているのだろう。
そう、思いたい。
夜鷹がチョコを割る。
パキンと心地よい音が響いた。
視線に気づき、夜鷹が笑う。
「なんだ、貴様も食いたいのか?」
言われて、口に白い指と一緒に滑り込んだカカオ塊。
それは口で溶けてほのかに甘く感じた。
「甘いな…」
海象がそう呟く。
それを聞いて
「99%と言ってもたいした事ないのだな…」
と夜鷹は首を傾げた。
―了―