short
□わらっていて
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「会いたい」
電話越しに、彼女がそう言った。
少し憂鬱がかった声で、小さく。
カーテンを開けると、外は雨だった。
行きたくないなぁ。正直そう思ったが、わかった。と返事をした。
外に出ると、冷たい風。
俺は、黒い傘を広げて歩いた。
彼女は、とんでもない職に就いている女だった。
レディース総長の成り上がりで、どこかの派閥の組長愛人をやっていて、裏で下っ端を牛耳っている。
もともとやくざだった俺とは、仕事の関係で出会った。
言われるまでそっちの人間だなんてわからないほど、彼女は気さくで華やかな女性で。
きっと一目見たときから、俺は彼女に惹かれていたんだ。
愛し合うようになったのは、出会ってからすぐだった。
貪るようにお互いを求めて、誰にも気づかれないように、ひっそりと付き合いを続けていた。
「玲子って、北条政子みたいだよね。裏でいろいろ操って」
「誰それ」
「知らない?源頼朝の奥さん」
「義務教育ろくに受けてないから知らない」
「あっそー」
一般常識なんて、玲子の中では非常識。
そんな玲子が好きだった。
一見とても知的そうに見えるのに、勉強のほうは全くだめ。そんなギャップに、俺は溺れていた。
北条政子の話でもしてやろうと思ったのに、玲子は興味のなさそうな顔をして、俺の膝の上に寝転んだ。
そして猫のように俺を見上げると、最近追っている組長の動向をぺらぺらと興奮気味に話し出す。
組織内機密じゃないの?と聞くと玲子は、あなたにはいいの。とわけのわからない理由を提示した。