最遊記

□ある日の出来事
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 荒い布の摩擦音を立
 てながら、金色が数
 歩前を歩いている。


 何かに急かされてい
 るように早足で、声
 をかけても返事はな
 い。




 なんや、今日の三蔵
 はんは冷たいなぁ…。




 ヘイゼルは小さくた
 め息をつく。


 別にかまってほしい
 訳ではない。と言っ
 たら嘘になるが、そ
 れでも、最低限の挨
 拶は返して欲しいも
 のだ。




 コミュニケーション
 は挨拶からっちゅう
 言葉、知らんやろか
 ?




 何故にこんなにも、
 三蔵が苛立っている
 かが、ヘイゼルには
 分からなかった。
 

 髪のセットが上手く
 いかなかったとか?

 ここ最近、雨が続い
 ているからとか?



 まさかそんな女のよ
 うな理由だったら、
 笑いものだ。


 きっとあのお坊さん
 の事だ。自分では思
 いつかないようなこ
 となんだろう。正直
 気になって仕方がな
 い。


 なんだか、寂しいも
 のだ。


 あの妖怪達なら、原
 因が分かるのだろう
 か。機嫌のとりかた
 が分かるのだろうか。


 まだ出会って間もな
 いし、相手が自分を
 利用していることも
 わかっている。間違
 っても、ガトのよう
 に信用してはいけな
 い。


 だからこそ、そのた
 めに図られた三蔵と
 の距離に、ヘイゼル
 はもどかしさを感じ
 ていた。




 …まだ、無理やな。




 もう少し、いや、も
 っと玄奘三蔵という
 男の事を知りたい。
 でも、相手の心を開
 かせる事はまだ難し
 そうで…。


 そんな、すっかり意
 気消沈してしまって
 いたヘイゼルの目に
 入ってきたのは、


 きらめくような金髪
 と、澄んだ空色の瞳
 をした人形だった。






 …うちと三蔵はんみ
 たいや。






 玩具屋のウィンドウ
 越しの小さな椅子に
 座らされた彼女に目
 をとられ、ヘイゼル
 は思わず足を止めて
 しまった。


 おもむろに近づき、
 透明のガラスにゆっ
 くりと手を這わせる。
 白く指紋の跡が、上
 から下に線を描いて
 も、気にしない。



 小さな麦わら帽子を
 かぶり、緑のフリル
 がついたワンピース
 を着ているその人形
 は、可愛らしい顔立
 ちにかかわらず、そ
 の唇はちっとも笑み
 を浮かべていなかっ
 た。


 気のせいか人形が自
 分を見つめているよ
 うに思える。


 チラリと視線を横に
 移せば、ヘイゼルが
 立ち止まっているこ
 となど気づきもせず、 (いや、気づいてい
 るかも知れない。)
 ツカツカと歩いてい
 く三蔵が見えた。
 
 三蔵がどんどん離れ
 てゆく。




 ………。




 視線を戻せば、再び
 人形と目があう。

 でも、どこか違う所
 を見ている気もする。

 青い、青いその瞳は
 誰を見つめている?

 三蔵?自分?

 三蔵が離れていく。

 相変わらず、口元は
 キュッと結んだまま。

 あぁ、その長い金糸
 に指を通してみたい。

 三蔵が離れていく。





 「三蔵はん?」





 この距離で届く筈も
 ない、小さな声は、
 街の喧騒にもみくち
 ゃにされて消えてゆ
 く。


 丁度、手放した風船
 が、ふらふらと空へ
 と登り見えなくなる
 ように。

 なんだか、今の三蔵
 もそんな感じに思え
 てしまう。





 なくなって、見えな
 くなって、



 違う、見えなくなる
 から、なくなって。



 見失いたくない。



 ならば、見失う前に
 掴むまでだ。



 「三蔵はん!」



 離れた三蔵に向かっ
 て腹の底から叫ぶ。
 しかし、三蔵の足は
 止まらない。これだ
 け大声で呼んだのに、 聞こえていないわけ
 がないはずだが。





 …上等や。






 「三蔵はん!三蔵は
 ん!三蔵はん!三蔵
 はん!三蔵はん!三
 蔵っはん!」



 すると、徐々に三蔵
 の歩く速度が落ち、
 少し立ち止まってか
 ら、ヘイゼルの方へ
 体を向けた。




 「"なんだ。"」




 と、不機嫌そうに三
 蔵の口が動く。







 「…この人形。うち
 に買ってくれへん?」



 ヘラリと笑って見せ
 れば、隣で人形が小
 さく笑った気がした。



 そんな、ある日の出  来事。

end.
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