アキヒカ小説

□モノトーンな恋話
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進藤、キミの目が語る、吐息が語る。

僕を好き、だと…。
「進藤!」

「おっせ〜よ、搭矢。もう帰ろうかと思ったとこだぜ。」

ヒカルは顔を上げるとアキラを見てニヤリと笑った。

「で!勝ったんだろうな?」

ヒカルが碁介所のいつもの指定席に、ひとりで
棋譜を並べている姿を確認すると、アキラはふっと息を吐いた。

「ああ。手合いは早めに中押しで勝った。
が、その後の取材が3件入ってしまって。
すまない、ここの時間も、もう終りだな。」

アキラがネクタイを緩めながら、目で受付を追うと
市村嬢がレジ締め作業をしながら
すなまそうに小首をかしげ、苦笑してみせた。

「せっかく待ったんだ、場所変えて、今日の手合い、検討しようぜ。」

「そうだな。」

明日はお互いオフだ。
時間はまだ、ゆっくり使えそうだ。

じゃあ僕の家でいいな。
アキラは呟くと、
ああ。と、ヒカルが一人で並べていた碁石を
パラパラと慣れた手つきで碁筒に戻しながら答えた。


搭矢のマンションか…。


ヒカルは、手がじんわりと汗ばむのを感じた。

先日の出来事がヒカルの頭を離れず、少し緊張してしまう。



キス・・・・



キス・・・・か〜・・・



いけない、頬が火照って来るのを感じ、下を向いて
赤らんだそれを長めの前髪で隠す。

それは先日の棋院での出来事だった。


「おい!見たか!?今のッツ!!」


和谷がヒカルの耳元で興奮した声を上げた。


「塔矢の奴、キスしてたぞ!!」

「えッ・・・?」

弾かれた様にヒカルが振り向くと
アキラが長い巻き髪の若い女性の肩を抱いて
奥の廊下を反対方向に歩き出したところだった。

「誰、誰だ!?進藤、お前、女の顔見た!?」

「い、いや、見てないってゆーか、キス?って、塔矢が・・ウソだろ?」

「なんだよ、お前見てなかったのかよ!女が塔矢にキス!!
してたじゃん!!俺もうびっくりしたぜ!!
あれ、誰だ?見たことねぇ!塔矢の彼女か!?」

これは、すごいネタだぜ!和谷は唾を飛ばしながら言った。

「って言うか、こんなトコでよくやるよな!女の方からってえ感じか?
見せつけやがって、なんか悔しい〜!」


ヒカルは何だか眩暈に似たものを感じていた。


ショック・・・?


あ、俺、結構ショックかも・・・?


呆然とするヒカルを見て和谷は笑った。

「おい、どうするよ、ライバル。囲碁だけじゃなくて
他でも塔矢に追い越されていくぜ?」

飲んでたコーラのカップを、ゴミ箱に放り投げると
和谷は感懐深げに、眉を寄せ頭の後ろに手を組んだ。

「なんて、俺もだな〜、い〜な〜塔矢の奴!
俺たちも早く可愛い彼女見つけよーぜ?」

はは。ヒカルは乾いた笑いを浮かべた。

成人を向かえ、3年を過ぎた。普通、誰が見ても「そんな歳」だ。

しかしながら、年頃の奴らが彼女を作って遊んでた時にも

俺たちは碁を打っていた。

そんな余裕、ちっとも無かったし、なにより碁を打つのが面白くて

女の子と遊びたいなんて、あまり思わず10代を過ごしてきた。

そして、このまま20代も、何も変わらず
毎日のようにアキラと碁を打っていくだけだと・・・



なにか、佐為が突然消えた時の事を思い出した。



あの時も

このまま

何も変わらず

佐為がそばに

ずっと

ずっと居ると思い込んでいたのだ。

そして失って気付く・・・。

ヒカルは自分が相変わらず、目の前の変わっていく現実を…

予想できないでいたことに、焦りと憤りを覚えた。

 + + + + +

市村に詫びられ、碁介所をあとにすると、二人は暗くなった路地を抜けて
裏のパーキングに停めてあった搭矢の車に乗り込んだ。

シルバーメタルの外車のボディはいつもクリアに輝いている。

車内のブラックの柔らかい皮のシートは座りごこちが良く、高級感が漂っている。
ヒカルは助手席へ乗り込むと、ゆったりと身を沈めた。

「搭矢に彼女が出来るまでは、ここ、俺の指定な!」

軽い口調で冗談めいて言いながら、ヒカルはアキラの様子を伺う。

「そうだな。」

眉も動かさずアキラは静かに答えると、
ギアを入れ直し、車を夜の街路へと滑らせた。

ヒカルは今までアキラの彼女の存在など、
微塵も感じたことはない。
そんなアキラに少し苛立ちを覚えた。
しかし、塔矢のごくプライベートなことだ。
言わないのは知られたくないからなのだろう。
自分はそこに踏み込む資格は無い。
頭では解るつもりでも感情は勝手にカサついた。

間もなく二人を乗せた車は右折し、
キラキラとネオンが川に反射する陸橋にさしかかる。
遠くでビル群が赤い光を点滅させるのが見えた。

ヒカルは左肘を車の窓際に寄り掛け
ほおずえをつきながら夜の街を眺めるフリをした。

頭の中ではアキラと彼女が、口付けを交わす。

こうやって共に過ごし、アキラと碁を打てる時間が減ることを思う。

もやりと、ぶら下がるそんな自分の心が情けなった。

いつまでも、このままでいられるワケはないのに。

そんなヒカルの憂いた顔は

車のウインドウに写し出され、アキラの目に入った。
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