短編集
□イデア
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イデア
ブランコがきぃと音と立ててゆれた。
夕焼けがまぶしくて俺は目を細め、影はまたきぃと音を鳴らす。
紫色の闇が近づく気配を感じ、足元においてあったテニスバックを手に取り立ち上がった。
「君は知っているかい?この世は何でできているかを」
ブランコはきぃと悲鳴のような声をあげて動きを止めた。
影は静かに俺を見つめ、世界は夕闇に支配される。
中性的な顔立ちに紅い太陽の光が差し込み影は妖しく微笑んだ。
再びブランコが叫び声をあげ始め、俺は静かにそれを見つめた。
そして静かに影は謳うように語る。
「この世界は何者でもない。ただ無だ。故に尊い」
「そして人はただ無であることを求める」
影は饒舌に詭弁を弄した。
「ではお前は何故『強さ』を求めるんだ?」
「何故だって?より『強い』ものがほしいからだよ」
「それはさっき君が言ったことと矛盾している」
「じゃあ君こそ何故『強くあり続ける』んだい?
君も求めているんだよ。自分より『強い』物を。
―本能的にね」
影はぶらり、ぶらりと足を揺らす。そして言葉を続ける。
「君はどうしてここに来たの?
どうして俺じゃなくて真田に声をかけたの?
俺のほうが真田よりも『強い』のに。
君は知っているはずだよ。君は俺とおなじだもの」
俺は何も答えなかった。
静かに夕日は沈み遠くでカラスが一声鳴いた。