短編集

□感情
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飼っていた小鳥が死んだ。


冬も深まり朝晩の寒さは比較的温暖な東京といえども一桁を記録する。
氷のように冷たくなった小さな身体。
どんな気分で夜を過ごしたのだろうか。


涙はでなかった。
感情がないとからかわれるのが常であったが、
周りの人間と等しく嬉しさや悲しみ、怒りも俺は感じる。
人を愛し、憎むこともあるだろう。


小鳥は死んだ。
ただそれだけだ。
悲しむ必要はない。
いつか必ず訪れるものを避けることはできない。
静かに天命を待つことしか俺には許されないのだ。
そんなことを冷静に考える俺はやはり感情がないのだろうか。
心の中は空っぽで、ヒュウと吹く隙間風がいつもより冷たく感じた。






「小鳥が死んだ」


「そうか。残念だったな」




白い息を吐きながら跡部は答えた。
そして小さく手をこすった。




「長生きさせてやりたかった」




俺はゆっくりとしゃがみこみ、掘り返した土の上に小鳥の亡骸を横たえた。
土は湿ってどことなく冷たい。
もうしばらくたてば霜柱もたつだろう。
冷たい土の上でひとり眠ることはどれほど寂しいだろうか。




「お前が拾ってやらなかったらもっと短い命だったんだ。
 一分一秒でも多く生きられたんだからこいつも幸せだったんだろうぜ」




跡部は薄曇りの空を見上げた。
小さくつぶやいた彼の言葉が妙に痛くて、俺は黙々と静粛な儀式を進めた。




「こういうときお前は涙を流すか?」


「そうだな。泣くかもしんねーな」


「…そうか」


「でもな、悲しすぎて泣けないかもしれねぇ。
 本当に『カナシイ』ときっつーのは何も考えられない時だ」


「ならば俺は悲しすぎるのかもしれないな」




静かに流れる時間が妙にゆっくりにみえた。
ふぅと跡部は白い息を吐き出した。
マフラーに顔をうずめて微かに震えているようだった。




土にうずもれて、ついに小鳥の姿は見えなくなった。




急によびだしたのに跡部は何も言わなかった。
ただ俺の作業が終わるのをじっと見つめていた。




すっと差し出される手のひら。




「悲しくなったらいつでも呼べよ。
 別にいいんだぜ。
 お前の泣きたい時に泣けばいい」




俺は静かに彼の手をとった。






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