短編集
□孤高
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トン、トンと軽やかにボールの弾む音が響く。さんさんと照る太陽は冬の寒さを和らげるように光輝き、突き抜けるように青い空は高くそびえる。
「おつかれ。さすがだな」
「ありがとう。別にたいしたことないけどね」
柳がペットボトルに入ったスポーツドリンクを差し出してやると、幸村はにこにこと礼をしながら受け取った。
試合の結果を示すボードは幸村の圧勝を示している。相手はこのところ力を伸ばしてきた一年だ。この間の新人戦では上位入賞を果たすほどの実力だが、最強の名を冠す幸村にとってはほんの準備運動にしかならない。立海三強と謳われる柳にしても然りだ。
レギュラーの座を射止めるにはまだ力が足りない。これからどこまで伸びるか、それが勝負だと柳は思った。
「なんだかつまらなそうだな」
「あぁ退屈だよ、何をしてもね」
ゆらゆらとペットボトルを揺するのをやめ、幸村はドリンクを一口あおった。
「退屈と孤独は同義だ」
孤独だからつまらないと自重するように薄く笑う。怪訝そうな顔をする柳の横で、静かに幸村は続けた。
遠くでぽーんとラケットに当たったボールが跳ねる音色がした。
「俺は待ってるんだ。あいつならできるかもしれない。でもね。あいつは俺じゃなくて違う影を追ってる」
俺を振り返ってはくれない。
幸村は目を細めた。
彼の瞳の向こうに映る影をみつけて、あぁと柳は一人の人間の姿を浮かべた。唯一幸村に近づけるのは。
「『至上』の称号を手に入れられれば何でも手に入ると思っていたよ。けれどもそこにあるのは『孤独』だけなんだよ」
「強さを求めるほど、離れていくんだ」
幸村の声は悲しみの色を帯び、悲痛な叫び声のようだった。
「まるで『北風と太陽』だな」
柳は小さな声でつぶやいた。イソップの寓話。北風がどれだけ吹き続けても決して旅人のコートを脱がすことはできない。
「いいたとえだ。でも知ってるかい?北風が太陽になることなど永遠にないことを!」
悲壮さを増した言葉は冷たい風に流されていく。
幸村は立ち上がり大空へと手を伸ばした。それはまるで神へ祈る儀式のように厳潔で美しかった。
「北風が吹くのをやめたらどうなると思う?」
ざわざわという木々のささやきが不意に時を止めたように聞こえなくなった。
「旅人は北風の存在を忘れてしまうだろう」
「だから俺は強くあり続ける。
痛みを刻み続けなくてはならない」
終わりなき孤独か…。
それともいつか…。
「不毛だな」
柳は冬空にかかる一筋の飛行機雲を見つめた。