短編集
□レスキュー
1ページ/1ページ
「神様ってこの世界にいるのかな。
こんなにも苦しんでいるのに。
なんで救い出してくれないんだろう」
これもアダムが知恵の実を食べた罰かな、そういって幸村は笑った。真田はノートに書き込む手をとめて、くぃと帽子のつばを下げた。
「俺は神様なんて信じない。
そんなもの幻想だ」
ぶっきらぼうに答えを返し、真田は再びカチカチとシャーペンを鳴らし始めた。すらすらと整った字が白いノートを黒く埋め尽くしていく。時折赤や黄色の蛍光ペンを横から取り出してはノートに彩を加えた。
幸村は静かにそれを見つめた。
「神様がいないのなら、
人間は何にすがればいい?」
風が白いレースのカーテンを揺らし、初夏の香を運んできた。スキマから差し込む日差しがまぶしくひかる。こつこつと真田のペンが机を叩く音がする。
「お前は何かにすがらなくては
生きてゆけないほど
弱い男だったか?」
幸村はゆっくりと瞳を細めた。
「俺は強いよ。
いや…
俺は強くなくちゃならないんだ」
真田は黙り込んだまま机に向かって記号の羅列を続けている。幸村は読む気の失せた教科書をぱらりぱらりと乱雑にめくった。
「強くあることに疲れたら俺にすがればいい。
神様にはなれないが、
俺はお前の心からの親友には
なれるはずだ」
そうだろ?と真田は唇だけを動かした。幸村は答えるように満面の笑みをたたえた。
「あぁ、
だからこんなにも苦しいんだよ」
パタンと音をたてながら幸村は本を閉じた。