短編集

□夏の終わり
1ページ/3ページ

漆黒の闇に光の花が舞った。



 蝉は泣き止み、入れ替わるようにこおろぎと鈴虫の声がこだまする。夏は静かに終わりを告げた。







 「おいちょっと待てよ、てめぇ」


 不慣れな下駄を鳴らしながら、人ごみに紛れてゆく影を追った。ざわめく喧騒がいつになく腹立たしい。かき分けてもかき分けても人がごった返して目が回りそうだ。
 おい、ともう一度叫ぶとようやく前方の影が振り返った。
振り向いた顔はいつもと変わらないポーカーフェイス。

「どうした?」
「何がどうしただ。俺様が必死に呼んでるってのに気づかないのかよ」

 苛立った様に責め立ててやると、すまない気づかなかったと手塚は答えた。相変わらず表情が変わる様子なく、本当に反省したのかわからない。口先だけのように見えて跡部は不快な気分が増した。
なんでこんなやつの誘いに乗ってしまったのだろうか。今は心底後悔している。



 一昨日の晩だった。何の前触れもなく手塚から電話がかかってきたのは。携帯の着信画面をみた瞬間、夢でも見ているのかと錯覚を起こしたほどだ。あわてて電話を取ると、聞こえてきたのは紛れも無く手塚の声だった。

「明後日、自宅傍の神社で祭りがあるんだ。一緒に見に行かないか」

 突然の電話に突然の誘い。
はぁ?と思わず口からは素っ頓狂な声がもれてしまった。いつもなら絶対にしないミスに舌打ちをする。なんて格好の悪い。手塚はそんなこと気にも留めてはいないようで、そのまま言葉を続けた。

「そこそこ大きな祭りなんだ。ここらでは有名でな、出店もたくさんでるぞ。忙しいならまた別の機会でかまわないが…」

 そこで手塚は言葉をきった。俺の返事を伺うつもりらしい。頭の中に今月の予定表を思い浮かべてみた。その日はたしか予定は何も入っていなかったはずだ。
たまにはいいかもしれない。
 日本の祭りというものはまだ経験したことが無い。氷帝の連中で見に行こうかと話をしていたけれども、結局大雨のせいで行くのを取りやめた。
前々から興味はあったし気にはしていたが、テニスの大会だなんだといってここ最近は忘れていた。
自分には縁の無いことだと、無意識に切り捨ててしまっていたのかもしれない。

 手塚は電話の向こうで押し黙ったまま、跡部の返事を待っている。どうするべきか悩んだが、やはり好奇心には打ち勝てなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ