短編集

□イデア
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「『強く』あり続けることの孤独を君は知っている。
 けれども『強さ』を捨てることはできない。

   ―――怖いんだよ。なくすのが。

 『強く』あることだけが自らの存在意義だから」


 影はきぃきぃとブランコをゆすった。


「俺は完璧だ。
 だからこそ神から『強さ』を得たとそう思っていたよ。
 でも違うんだよ。
 世界に完璧は存在しない。
 俺は『完璧でない』ものを持っていない。

 『ぱらどっくす』だ」

「あいつはね。
 俺のように『完璧』ないけれども『完璧でない』わけじゃない。
 俺にはない白と黒の『絶対的な調和』を持っている。
 でも彼は『絶対的な調和でない』ものを持ち得ないのだから、
 それも『ぱらどっくす』のひとつかもしれないけどね」


 ぎこちない音をたてて揺れるブランコから
影はとんと軽やかに地面に着地した。
影の後ろで慣性の法則に邪魔されたブランコがメトロノームのように音を刻む。
ゆれが穏やかになるにつれてブランコの叫び声もかすんでゆく。
影は影の中にまどろんだ。
水銀灯がちかちかと瞬きながら仕事を始めた。
薄ぼんやりとした青の世界に飲み込まれる視界。


「俺にはまったく君のいっていることがわからない」

「そうだね。
 君はわからなくても当然だ。

 でもいつか意味を知るよ。
 この世に意味のない言葉なんてないんだから」

「そうだろうか」

 すっと吸い込まれるように影は電灯の下へかけていった。
光に一瞬でも触れようとふわりふわりと四つ目が羽根を動かしている。
燦燦と光が降り注ぐ中で影はくるりと振り向いた。
今なら彼の表情が見てとれる。
代わりに俺の表情は暗闇に紛れて見えないだろう。


「じゃあね」


 幸村は柔らかく微笑み後姿は再び黒の世界へと消えた。
まるで全てが夢のように静かだった。


 『答え』はまだでない。


手塚は静かに瞳を閉じた。
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