短編集
□kiss me please!
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ゆらゆらと揺れるような感覚。
暖かい温度、息遣い。
まるで夢をみているようだ…ったぁ?
目の前の景色が上下に揺れながら後ろに流れていくのがみえた。俺は今何をしているんだったっけ?えーと確か俺は部室で…
…。
「あああぁぁああぁぁぁ!!!」
「おい、なんだ?!突然暴れるな馬鹿もん」
たしなめる声でワレにかえった。おうおう…これはどういう状況だ。副部長に俺は負ぶわれて…えっえええええっ?!
「ふ…副部長、おれ…おれ…」
「あぁそうだ。お前は部室で大の字になって倒れていたんだ」
「ちょっと!なんですぐ起こしてくれなかったんスか」
「起こすも何も、お前は気を失ってたのだから起こせるわけがないだろう。起こせるものなら起こしとるわ」
「…」
俺が黙り込むと副部長は俺を背負ったまま黙々と歩を進めた。
どきどきと心臓が鳴った。かぁっと顔に血が上ってくるような感覚。ずっと気を失ったままでいればよかった。
マジで恥ずかしい。
でもその一方で憧れの副部長を独占できてめちゃくちゃ嬉しいなんて気持ちもあって、俺の心はおーばーひーとしてる。
こんなに近くで感じる体温。
心臓の鼓動は速くなるばかりだ。
ちらりと横顔を盗み見る。
年がら年中副部長の隣をキープし続けてる柳さんでさえ、こんなに近くで彼の顔を見ることはないだろう。
整った顔立ち、はなぺちゃの俺があこがれる筋の通った高い鼻、すぅと切れ長の瞳に伏せたまつげ。いつも機嫌が悪そうに眉間にしわを寄せる顔ばかり見てきたけれど、そんな仕草をしないだけで纏う雰囲気が違う気がした。
じっと見つめていると視線に気づいたのか、結局いつものように不機嫌な顔で俺のことを睨むような目で見た。
「なんだ?」
「いや…べつに…」
「それだけ元気がよさそうなら病院に連れて行かなくても大丈夫そうだな」
「えー!俺を背負って直接病院いく気だったんすか。ありえないっスよ」
「…前言撤回だ。お前は頭を割って中に脳みそがあるか調べてもらわねばならんようだ」
「ひどい!脳みそぐらい入ってますよ!」
「蓮二がな、中身がない確率98%だと嘆いていたぞ」
「残りの2%は望みがあるわけですね」
「…おお引き算はできるのか」
「ドンだけ俺のこと頭悪いと思ってるんすか!!」
むすっと膨れ面を作りながらそっぽを向いてやると、からからと楽しそうに笑う声が横から聞こえた。あんまりにも楽しそうに笑うもんだから俺は恥ずかしくってたまらない。視線だけを副部長に戻すと今まで見たことがないくらいの満面の笑みをたたえている。
こんな表情見るのは手塚さんとの試合以来だと思う。どんだけ笑かそうとしてもテニスの試合以外で笑ってくれたことはない。そうだなぁ…強いて言えば柳先輩とこそこそ二人っきりで笑いあっていたことぐらい?
俺はいっつも怒らせることしかしないから、そんな彼らをこっそりと盗み見ることしかできなかった。
初めてだった。
俺のために笑ってくれたのは。
だけどなんだか悲しくなった。