短編集

□光
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 かつんかつんと革靴の音が鉄の階段に響いた。こっそりと忍び出た非常階段には人影はなく自らの足音だけ。風がひゅうと唸る。人気のない屋上。はたはたと白いシーツが空を泳いでいる。眼下にはミニチュアの町並み。ガチャガチャと音を鳴らしながら錆付いた鉄柵をよじ登った。

 耳元でびゅうびゅうと風の音が鳴る。目を閉じれば今にも空へ飛んで行けそうだ。感覚がとぎすまされていく。どこか遠くで金属がカランカランと呻いた。あと少し。

 俺はゆっくりと瞳を開けた。




「真田!何してるんだこのくそ馬鹿野郎!」

 今にも泣きそうな声。懐かしい響き。

「おはよう、もうお目覚めか。案外早かったな」
「何がおはようだ。こんなふざけた手紙置いて冗談じゃない」
「すまん」
「いいたいことがあるなら直接いればいいじゃないか。謝りたいなら逃げるなよ!卑怯だ!」

 幸村はぜいぜいと肩を上下させ、ぎゅっと拳を握り締めた。手にしていた薄っぺらい紙もいっしょにぐしゃぐしゃになった。フェンスの向こう側にいる幸村の顔までひがんでいる。

 視界が突然ぐにゃッとぼやけて見えなくなった。自分が泣いているからだと気づくまでに数秒を要した。最後に泣いたのはいつだったろうか。今までためてきたきた涙が一気にあふれ出してくるようだった。腹の中でくすぶっていた感情も全て涙と共に押し流された。

 俺と幸村はわんわんと咽び泣いた。周りがどうとかどうでも良かった。ただただ泣き続けた。

 わめき声に気づいた職員に俺は取り押さえられ、目が覚めた途端に飛び出してきた幸村は看護婦に首根っこをつかまれて病室に連行された。
 
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