短編集

□夏の終わり
2ページ/3ページ


 それで結局このざまだ。もう何も言う気力もなくなってため息をついた。人ごみの中に混じるのはなれない。不慣れな浴衣を着て歩いているせいかよろよろと足元もおぼつかないのも癪に障る。

「大丈夫か」

 手塚の声は心配するような声色を含んでいたが、今の俺には不機嫌を増幅させる手段にしかすぎなかった。

 手塚から逃げるように体を反転させ、寄せる人波をかき分け走り抜けた。カランコロンと下駄の音が響く。何事かと横を通り過ぎる人はみな跡部をを訝しげに見つめた。そんな視線には無視を決め込んで、かまわずずんずんと奥へと進んでいった。
 人ごみが薄れると、少し開けた場所にでた。賑やかに電球の光を輝かせていた出店もまばらになって、周囲の薄暗さが際立っている。趣のある鈴虫の声が響き渡り、先ほどの喧騒も遠くに聞こえる。跡部はすぐ傍にベンチがあるのを見つけ腰を下ろした。


 顔を上げ空を仰ぐとちかちかと星が瞬いている。肌に心地よい風がすっとほほをなでた。気持ちを落ち着けるように深呼吸をする。手塚が追ってくる気配は無い。きっと見失ったのだろう。しばらくは顔を見なくてもすむ。ほっと胸をなでおろした。

 衝動的に逃げ出してしまった。あの瞬間何を思っていたのか、自分自身でもよくわからない。仏頂面で何を考えているのか読み取れない手塚と祭りに行くのだというのだから、どうなるかぐらいわかっていたつもりだった。
 けれども「あの屋台はどうか」ときいても帰ってくるのは「あぁ」だの「うん」だのそっけない返事ばかりで、最終的には何も会話が無くなった。正直楽しい気分では無い。無性に腹が立った。

 俺はとても楽しみにしていた。意外だと驚かれるかもしれないが、小さい頃から庶民的なものにあこがれていた。
 リムジンの窓に映る光の影、赤や黄色に彩られた空。キレイな浴衣を羽織った少女が家族の下へ駆けて行くのを遠目に見たことがある。暖かな電球の色がまぶしくてずっと窓の外を眺めていた。
 俺は羨ましかった。あの美しい時間を共有できる人々が羨ましかった。彼らには寂しい一人の時間なんて、存在しないんじゃないかと思っていた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ