短編集

□残り香
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「頼むからもうやめてくれ。これでは帰る支度もできないではないか」

 真田は幸村に向かって愚痴をこぼした。当の幸村はというと真田の傍をキープし続けている。歩くたびにひょこひょことついてくるものだから鬱陶しくて仕方がない。

「ねぇ真田、もしかしてあれ?ついに真田にもそういう時期が来たってこと?」
「俺は異性に興味は無いと言っているだろう!第一そんな媚びる様なまねするわけなかろうが」

 ふーんと幸村は疑い深げに真田を一瞥する。不機嫌そうに横を向く真田は相も変わらず奇麗事ばかり並べるが、幸村は信用するつもりは無い。

「…。そんなにおかしいと思うのならはっきりといえばよいだろう。別にかまわん」

 ちらりとこちらに視線を向けたかと思うとまた不貞腐れたようにそっぽを向いた。その声色には少々の落胆と諦めが混じっていて、自身でも似合わないことを承知しているのだろう。

「蓮二が匂い袋をもっているだろう?昔見せてもらったことがあるんだ。少し興味を示したらな。あいつ今頃になっていいもの見つけたなどといって渡してきて…前に金木犀の香りが好きだといったことを覚えていたみたいなんだ」

「きんもくせい…?」

 懐かしくどこかで感じたことがあるような気がしたのは金木犀の香だったのか。小さくてかわいらしいオレンジの花を思い出して笑ってしまった。複雑そうな顔をして横目で俺をみる目の前の男のイメージとはかけ離れている。いってしまえばまるっきり正反対だ。
 くすりと思わず笑い声をたてると、はっきり言えと急き立てた癖に打撃をうけたらしく、うつむいた横顔から見える耳まで真っ赤だ。


「俺も好きだよ。金木犀の香」


 真田は一瞬きょとんとした顔をしたが、ふとわれに帰った途端に満面の笑みで、そうか?お前も思うかと嬉々とした表情を浮かべた。単純なやつ。

「俺もほしいなぁ。サクラの香がいい。真田用意してよ」
「サクラは花を楽しむものだろう?第一俺でなく蓮二に頼め」
「えー真田が買ってよ。蓮二ばかりに頼んだら可哀想じゃないか。俺に真田が買って、俺が蓮二に買ってやればいい。それでパーだ」

 まったく、変な理由をこじつけるのだけは得意だなと真田は苦笑した。つられて幸村も笑った。彼は優しい。他愛の無い約束も守るから、俺は期待をしてしまう。

 彼は知っているのだろうか。真田のみている金木犀は風が触れれば雪のように散っていく儚い花だということを。甘い芳香を放ち虫をどれだけ惑わせても決して実を結ぶことはないことを。



 悲しい運命だ。



 彼が残すのは金木犀の香。見せるのは甘い夢。

 幸村は口にしようとした言葉を笑顔に押し隠した。
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