P4部屋
□シャングリラ
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結局どうしたらいいのか結論が出ないままに堂島の家の前まで来てしまっていた。明るくて少し馬鹿な《足立》ならば、気後れもせずに堂々と人の家に上がり込むだろう。そうやって自分を設定したはずなのに今の《足立》はそうすることを躊躇っていた。
忘れましたと惚ければ、きっと堂島は拳骨をくらわせるだけで赦すのだろう。それでも何故か帰ることも出来ずにいる。
「あれ?足立さんだ」
可愛らしい声に顔をあげると、少女が玄関の戸の隙間から頭を覗かせていた。ちょっと待っててねと彼女は言うと、家の中に向かってお父さんと叫んだ。そして彼女はパタパタと合わないサイズのサンダルを履いて駆け寄ってきた。
「ゴメンね。僕、すぐ帰るから」
「そうなの?」
彼女は不思議そうに瞬きをし、郵便受けから新聞をひっぱりだした。
「足立か?お前遅すぎるぞ」
部屋の奥から現れた堂島は、早く上がれと手招きする。隣の少女は足立を見上げ、はにかんでみせた。
玄関に入るとコトコトと鍋が煮える音と共に香辛料の香りが鼻腔を刺激する。
「今日、カレーなんだよ!」
お兄ちゃんがつくってるのと彼女は無邪気にはしゃぐ。目が眩みそうな
くらい明るい笑顔に足立は苦笑する。
「もしかして夕飯の件?」
「たまにはちゃんとしたものも食え」
「僕だって、それなりに自炊してるんですよ〜。ちゃんと食べてますって」
それならもっと筋肉をつけろよと堂島に頭をはたかれた。
居間のテーブルには始めから決まっていたかのように、四人分のスプーンがならんでいる。その中に形の違うスプーンがひとつ。
「僕、やっぱり帰りますよ。せっかくの休日なんだから、家族水入らずの方がいいでしょ」
足立はできる限り剽軽にいってみせたが、堂島の鉄拳を再び喰らうことになった。
「お前なぁ、一人で酒飲んでも楽しくないだろうが。仕事が出来ない分、付き合いぐらいしろ」
無理矢理席につかされて、最終的には堂島にビールを注いでいる。それを眺めていた悠と菜々子が笑う。テーブルには綺麗に盛り付けられたサラダが並んだ。そしてメインのカレーライスも。
「いただきます」
ゴロゴロと大きなジャガイモとニンジン。そして肉。口に含めば子供向けの甘い味。こんな甘いカレーなんて食べたことがない。嫌いなニンジンはいるし、ひどく不味い。そう思いながらも足立はカレーをかきこんた。
「お兄ちゃんのカレー、すんごくおいしー」
「良かった。うれしいよ」
まるで兄妹のように彼らは笑いあう。学校であったことを楽しげに語る少女はとても幸せそうだった。その姿を眺め、堂島は眩しげに目を細めた。
酒が回って少し機嫌の良くなった堂島を宥めすかして、足立はようやく席を立った。
「すみません。無理に付き合わせてしまったみたいで…」
「いいよ、気にしないで。カレー美味しかったしさ。今度美味しい作り方教えてよ」
申し訳なさそうな悠に人懐っこく笑いかければ、彼は安心したように笑みを返した。
「また、来てください」
うんと頷いて手を振る。
お土産といって渡されたタッパーからはカレーの香りがする。あたたかな家族に甘ったるいカレーライス。お人好しに付き合う自分こそお人好しの馬鹿だ。
だから嫌いなんだよ。甘い幻想なんだ。《足立透》が誰かに《必要》とされることなんて。
ジュネスで買ってしまったカレーライスは捨ててしまおう。足立は薄曇りの夜空を見上げた。