野良猫の飼い方
□首輪をあげましょう
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こんなもの、煩わしいだけだと思っていた。
それなのに。
首輪をあげましょう
「ヒバリくーん、ムクロくーん!ごはんだよー!」
「ニャア」
「…………」
今行くよ、そう答えたのがヒバリ、何も言わなかったのが僕だ。
ヒバリは、この女にだけは愛想が良い、というか、悪くない。この女のことを、たいそう気に入っているようだ。反対に僕とその他に対してはひどく癇に触る態度をとる。
(たまにここへ来るらしいこの女のいとことかいうやつを、この間ひっかいているのを見た。結構深かったように思う。)
この女に拾われて数日、はっきりわかった。僕は、この真っ黒な猫が、嫌いだ。
「今日のごはんはちょっぴり高級なかんづめだよー。バイトの給料日だから奮発してみたの。」
僕を拾った女は、そう言ってことりと皿を目の前に置いた。ヒバリは女の手に擦り寄って撫でてもらっていた。僕は、その様子を面白くない気持ちで見ながら皿に舌を這わせた。
確かに缶詰はいつもよりも美味しいみたいだったけれど、イライラしてあまり味がわからなかった。
ヒバリとこの女を見ているのが嫌だった。ふたりが仲良さそうにしているのも、気持ち良さそうに撫でられているヒバリも、ヒバリを見てにこにこしている女も、全部が嫌だった。
だから、さっさと元いた部屋へ戻ろうと、立ち上がって踵を返した。
「あ、ムクロくん待って!今日はムクロくんにプレゼントがあるんだよー」
「……ニャア」
なんですか。僕は返事をして立ち止まった。ヒバリは一瞬僕を睨んで、すぐに皿に向き直った。
ヒバリと女が離れたことに小さな喜びを感じた自分に嫌悪しつつ、ちょっと待っててね、と言って自室へと消えた女を待つ。
『……きみ、さっさと出ていけば良かったんだよ。』
ヒバリが呟いた。ヒバリが僕に話し掛けてくるのは初めてかもしれない。
僕らはたぶん、お互いを嫌いあっているから、日中あの女が出かけているときも一言も話したことはない。
『……まあ、僕だって拾われたくなんかなかったですよ。あなたとも会わずに済みましたしね。』
『同感だよ。』
ヒバリは僕を見ない。僕もヒバリを見ない。顔を見ずに会話をするのは奇妙な感じがしたが、ヒバリを見ると苛々するのだから仕方ない。ヒバリもきっと同じなのだろう。
お互い嫌いあう僕らは、非常に不本意ながら、似ていると思う。この苛つきは同族嫌悪なのかもしれない。
『……僕はきみが嫌いだけど、残念ながらあの子はきみを気に入っているみたいだ。』
『そうですね。僕もあなたが嫌いですよ。』
『君のことはどうだっていいよ。でも、あの子が悲しむから、もう出ていったりしちゃ駄目だ。』
『…………。』
ヒバリはそう言うと皿をぺろりと舐め、リビングのソファに乗って丸くなった。僕とこれ以上話すつもりはないらしい。僕もこれ以上ヒバリと話したくはないので好都合だ。
ヒバリが遠くへ行って清々したはずなのに、心はどことなくもやもやしたままだった。
ヒバリがソファで寝始めてから少しして、女が帰ってきた。手には小さな紙袋を持っていた。
「お待たせ、ムクロくん」
「……ニャア」
別に待ってなんかないです、そう言ったけれどこの女は笑顔のままだった。思えば、この女が笑顔以外の表情をしているのは見たことがないかもしれない。
「……ジャーン!ムクロくんの首輪でーす!どうかな、気に入ってくれた?」
「…………」
「えー……。駄目かなあ……。ムクロくん、藍色の目がキレイだなあと思ったから、藍色の首輪にしてみたんだよ。絶対似合うよ!」
僕が何も言わないでいると、女は困ったような笑みを浮かべた。
その顔を見て、僕はヒバリの気持ちが少しわかったような気がした。……柄にもなく、このひとにはいつものようににこにこと笑っていてほしいと思ってしまった。
「……ニャ、」
「わ、付けてくれるの?」
座っている彼女の膝に前足を乗せると、彼女は嬉しそうに破顔した。そして僕の首に藍色の輪を付けて、身体を撫でた。
その手が暖かくて、気持ち良かった。
首輪をあげましょう
出ていけば良かったんだ、君なんか。
ヒバリくん、飼い主さんが大好きです。大切にしてるのでムクロと喧嘩しないように気を付けてます。
ちなみにヒバリくんも元野良。ヒバリくんのお話も書きたいなあ……。