野良猫の飼い方

□抱きしめると喜びます
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ヒトの腕なんて煩わしいだけだったのに、あのひとの腕は温かく感じてしまうのはなぜだろうか。





抱きしめると喜びます





ガチャン

玄関の鍵の開く音がした。続いてあの女の「ただいまー」という間延びした声が聞こえる。
時計を見ればいつもの女の帰宅時間よりも幾分か早い。何かあったのかと思い、女のもとへ向かえばそこにはいつもの笑顔があった。
女は僕を見るとしゃがんで目を合わせた。


「ただいま、ムクロくん。お留守番ありがとね。ヒバリくんはお出かけ中かな?」
「……ニャア」


女が今ここにいないヒバリを気に掛けるのが気に食わない。少し間を開けて返事をすれば、女はにこりと笑って僕の頭を撫でた。
その手がくすぐったくて頭を振れば、女は手を退かし、立ち上がるとリビングへと入っていく。僕もその後を追った。


「ヒバリくん、この辺りの野良のボスみたいなんだよねぇ。ケンカとか強いみたい。だからたまに縄張り争いでお出かけしてるんだよ」


女はソファに座ると足下にいた僕を抱き上げ、膝のうえに乗せた。そして僕を撫でながらヒバリの話を始める。
撫でられたのが不本意ながら気持ち良くて、思わず喉が鳴った。


「ヒバリくんも元々野良でね、ケガしてたからわたしが拾ってきたの。すっごい暴れられちゃったんだけどね」


女は笑いながら「ムクロくんも暴れてたよねぇ」なんて言った。顔だけ上げて女を見れば、楽しそうな顔をしていた。

最近、女が楽しそうだと少しだけ自分も嬉しくなる。そんな自分に嫌悪感が沸くが、止められないものは仕方がないか、とも思う。

しかし、このひとがヒバリのことを楽しそうに話しているのはなんとも気に入らない。


「……ニャア」
「ん?なぁに?」


話を中断させたくて小さく鳴いてみれば、女は予想通り話すのを止めて僕を覗き込んだ。
女の顔が近くなったので、身を起こして彼女の鼻先を舐めてみる。女は驚いたような顔をした。


「わ、なぁに?ムクロくんがこういうことするの初めてだー」
「ニャア」


そうですか、そう返せば、女は僕をぎゅ、と抱き締め頬にキスをした。
それに驚いて腕から抜け出そうとしたけれど、クスクスと笑う声が聞こえて、そんな気も失せてしまった。


「ムクロくん大好きー」


そんな声が聞こえたけれど、聞かなかったことにして、僕はしばらく、おとなしく抱かれていた。





抱きしめると喜びます
何してるの君たち。帰ってきたヒバリはそう言って僕を思い切り睨み付けた。
女は「お帰り、ヒバリくん」なんて言ってのんきに笑った。





だいぶムクロが懐いた気がします。
愛想が良くなったような気もします。






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