企画ブック

□拍手限定ストーリーZ
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太四老全員の勘違い
(ひしぎ+他太四老のお話)






―――コンコンッ


部屋のノック音と同時に勢いよく開かれたドアの向こう側に立っていたのはひしぎと同じ、太四老の遊庵だった。

どういう風の吹きまわしなのか、あまりひしぎの部屋には来ない彼が今日はやけに機嫌よさそうな顔をして訪ねてきた。


「何ですか遊庵」


椅子に座って何かの研究をしていたひしぎは、くるりと首だけを遊庵に向けると無表情のまま低い声で尋ねる。


「これ見ろ、これ!お前にプレゼントしてやる」


「どういうつもりですか、遊庵。私にはこういう趣味はないのですが…」


渡されたプレゼントは、綺麗に包まれた花束で。


「やっぱり忘れてると思ったんだよ。お前ってそういうのに疎そうな顔だもんなぁ…」


「何の話をしているのか理解しかねますね」


「ほら、ここ見ろ、ここ」


遊庵は花束の間にそっと置かれるように乗ったカードを指差した。

カードには、

Happy Birthday ひしぎ

なんて小洒落た文字で書いてある。


「お前今日誕生日だろ?欲しい物とか俺には全く分かんねえからまあ無難に花をと思ってな」


「遊庵、男の人が男の人に花なんて普通あげないと思いますよ。気持ちの悪い誤解を招くこともあるので、あまり他の人にはお勧めしません」



じっと花束を見つめた後ひしぎはそう言ったが、どうやら花瓶を探しているようで、満更でもない様子だ。


「陰気臭いこの部屋にちょっとでも華をと思った俺の気持ちをくめ。じゃ、俺は用事あるからお前も部屋にこもってないで外出ろよ」


言いたいことを言った遊庵は満足そうに部屋を後にした。

ひしぎは何か言いたそうな顔で閉まったドアを見つめた。



「…花瓶がないですね」






――――――――――



どこを探しても自分の部屋から花瓶など見つかるはずもなかったひしぎは、どこかに花瓶がないか廊下を歩いていた。

そもそも壬生に花瓶なんてものがあるのか、それ自体が謎なのだが何処かにはあるだろうと薄い期待は抱いて。


突き当たりを曲がろうとしたところで、ひしぎの前に人が現れた。


「ひしぎ、聞いたよ?今日誕生日なんだってねえ」


「時人…」


「僕はあまり人の誕生日なんて祝いたくないんだけど、同じ太四老だし仕方なく祝ってあげるよ」


時人は手に持っていたものをひしぎに差し出す。


「僕の最高傑作だよ。ろくなものを食べてないだろうからこれでも食べて栄養つければいいんじゃない?」


深くて大きな皿というのか、ボールというのか。
そこに入っている巨大な黄色い物体を見てひしぎは無言でそれを見つめる。


「僕の大好物をあげるって言ってるんだから少しくらい喜べば?吹雪さんも、ひしぎはいっつも無表情だって言ってるの知らないの?」


「…これは時人が作ったんですか」


「ぼ、僕だって一応料理くらいは作れるんだ。あまり舐めた口を聞いてると、殺すよ」


「あとで食べるので部屋に持って行って――」


「はっ、僕が、お前の部屋に?嫌だよ自分で持っていきなよ」


時人は無理やりひしぎに巨大プリンを手渡すと、食べたら感想くらい聞かせろ、と言い残して廊下を歩いていってしまった。


ひしぎは再び何か言いたげな顔をして時人の背中をじっと見つめた。



「…吹雪なら喜んで食べそうですね」


重たいもの、食べ物を持ったままうろうろするのは得策ではないと判断したひしぎは花瓶を探すのは後に回し、一旦吹雪の部屋に行くことにした。


部屋の前まで来たひしぎは扉を開けようと手を伸ばしたが、手が触れる前に扉は開いた。



「ひしぎか、丁度いいところに来たな」


「吹雪……」



ひしぎはまさか吹雪までも…、と思ったが、そのまさかだった。


「お前が誕生日だというんでな、これをお前にやろう」


「吹雪、これは何ですか…」


手のひらに置かれたコロンとした物体に流石のひしぎも眉の間に皺をよせる。


「決まっているだろう。黒猫のマスコットだ」


「…作ったのですか、わざわざ」


「ああ……」


吹雪が聞こえるか聞こえないかのため息をついて、ひしぎはとりあえずそれをしまい、お礼を言った。


「それで、お前は何の用だ」


「時人が私に誕生日プレゼントでプリンを作ってくれたんですが、私一人では食べ切れないと思ったので」


ひしぎがそう言うと、吹雪は部屋の中へ戻ってスプーンを二つ用意した。


「食べるぞ」



いくら自分の子供の手作りプリンだからってあからさま過ぎる、ひしぎは凄い勢いでスプーンを用意して今までに見せない笑顔の吹雪を見てそう思った。



「時人の手作りプリンが食べれるとは夢にも思っていなかった。感謝する」



ひしぎは時人のプリンを吹雪と共に完食した。
ほとんど吹雪の胃袋に入ったことは言わずもがな。

だが嬉しそうにする吹雪を目の前に、ひしぎは特に何とも思わなかった。
自分の子供の手料理が食べれるということは幸せなことなのだろうと、理解した。



ひしぎは空になった皿を持って、ようやく自室へと戻った。

明日にでも時人に感想を言いに行こうと皿を洗いながら思ったが、そこでようやく思い出した。



「花瓶がないですね…」


そもそも花瓶を探しに部屋を出たというのに当初の目的が何も果たせていない。
それどころか、全員の太四老に勘違いをされたままである。


ひしぎは綺麗に包まれた花束と、空になった皿、黒猫のマスコットを机に置いてため息をついた。


「私の誕生日は数日前に終わっていますよ」



黒猫のマスコットを指で小突きながらそう言ったひしぎだが、その顔は少しだけ嬉しそうだった。









Happy Birthday
10th September
Hishigi



 

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