□旅する二人
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「……それで、何故貴様が此処にいる」

 不機嫌さを隠そうともしない発言の後暫しの沈黙がその場を制し、それを軽快な笑いがぶち破った。

 天幕の中、ささやかな酒宴を照らすランプがチリチリと音を立て燃える。


「さてな、まったく偶然というのは恐ろしいものだな!」

 四方八方に飛び散る黒髪が笑う度に揺れ、それを見る合い向かう相手の機嫌を損ない続けていた。

「何がそんなに可笑しいんだ。こっちは不愉快極まりない」

「ふむ、それは悪かった。お前はいつもそんな顔だから気付かなかった」

「とぼけるのも大概にしろ」

 今度は分かり易いようにか眉間の皺を更に寄せ立ち上がり掛ける。
 だが僅かに腰を浮かせたはずみに、背に凭れて眠っていた銀色の頭が小さく身じろぎ、再び元に座り直した。

「……風の噂で行方知れずになったと聞いていたが、まさか駆け落ちしていたとはな」

 静かな声が呟き、赤い瞳が細められる。

「……そうではない。俺が勝手にこいつを連れ回しているだけだ」

「冷酷非道で鳴らしたお前もついに焼きが回ったか?」

 殆ど瞑ったような目が眠っている者を見据え、鋭く光を放つ。

「そいつには妖精族の血が流れているようだな。肝心の力の方は大分薄れているようだが」

「ああ、そうだ。だが斑、こいつは視た通り大した力を持たぬ。お前が探し回っている根源の力の足しにもなりはしない」

 自分の発言もまだ言い終わらない内言葉尻に被される声に、相手の危惧を見て取りその口許が微かに微笑む。

「ははは、今は隣国との戦争でそれどころではないさ。それにこの隊商を国境まで無事に送り届けねばならんしな」

「ああ、やるべき事があるならそれに専念した方が身の為だ」

 溜め息のように息をつき、未だ眠りに身を任せる連れを抱き上げ、もてなしを受けた相手に暇を乞う。

「久し振りにまともな酒を飲む事が出来た、礼を言う。厄介ついでに有り難く夜具も使わせて貰おう」

「ああ、そうしてくれ。ゆっくり休むといい」

 それに頷いた長身が天幕の外へと踏み出し掛けた時、その伸びた背筋へと問い掛けの言葉が投げ掛けられた。

「昔から聞く話だが、古の種族はよく対を成すと言うがそいつは一人きりか?」

「今は俺がこいつの連れだ」

 立ち止まる背が振り向きもせずに答えを返す。

「それはそうだろうが……昔から魔族とは小人、一角獣とは乙女、妖精には竜、とよく一緒に出てくるだろう」

 続いた問いには、ひどく楽しげな気配が多分に含まれていた。

「……ならば、こいつに下手に手を出すのは止めておいた方がいい。竜を呼び寄せてキャラバンが跡形も無く壊滅、という事になったらお前の面目も立たなくなるだろうからな」

 そう言い残して外の闇へと溶け込んだ客人を見送り、その場の主は人も随分と変われるものなのだなと呟き、ランプの灯りを吹き消した。



      2008/08/22
 
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