HERO GIRL

□私と君と誤解
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蛍介が来てから、時間が経つのが本当に早かった



「あ。もうすぐ交代の時間だね」
「ホントだ。僕、着替えてくるよ」
「はーい」




結局、彼女とは和解できないままだった
私服からコンビニの制服に着替えて、溜息を吐く

昼間と違って彼女との距離は近いようで、何処か遠い
何かしてあげられないかな、彼女の為に――どうすればいいんだろう

考えながらタイムカードを切って、バイトに入る
店に戻ると、地味子が笑顔で手を振ってくれた――こんなどうしようもない僕に、彼女はいつも優しい




「蛍ちゃん、お客さんもそんな来ないし、レジのお金も今のとこ誤差ないよ」
「うん、ありがとう」

「ちょっとでも誤差が出れば、店長に迷惑かかるからね。くれぐれも…取り扱いには気をつけてね?」
「う、うん…っ」




実は、レジに入る度に蛍介は、細かい違算をよく出していた
それは一円、二円と言った小さな金額ではあるが、お店を任されている以上は小さいなんていってられない

お金を取り扱う責任感と、危機感は大切だと彼女に再確認させられた
正義感溢れる子って地味子ちゃんみたいなのを言うんだろうなと、蛍介は思う




「はー。お腹すいた! 何買おうかな」
「あれ。お菓子でも買うの?」
「ううん。お弁当。今日は家に誰もいないからさー」




制服のまま陳列棚のお弁当コーナーを眺める地味子




「え。ご、ご両親は?」
「二人共仕事。お父さんはいつもの事だけど、お母さんはたまにフラッと夜出かけるんだ」




知らなかった…
そう言えば、彼女の事は何にも知らない…




「家に自分だけって解るとさ、誰か人を呼びたくなるんだよね。それでお泊りするの。まあ、呼ぶのは殆ど晃司や翔瑠なんだけど――」

「…そう言えば、今日はバスコ来ないね」




彼が学校を休んだことは知っているけど、それを夜の蛍介が知っているのはどうかと思い、何となしに言ってみる
やっぱり僕は卑怯だと、こっそり寮の拳を握り締めた




「いつもなら、この時間にはもう迎えに来てるのに…」

「んー。そうだね」




地味子はそう呟くだけだった
事情が事情なだけに、蛍介は肩を落とす

それからバックヤードに引っこんだ彼女は、物の数分で私服に着替えて戻ってきた




「蛍ちゃん。これよろしくー」
「わ、凄い買ってるけど…こんなに食べるの?」




カゴ一杯にお弁当とお菓子、デザートに飲料など、明らかに女の子一人で食べるには多すぎる量だ




「なんか無性に食べたくなって」
「でも全然太らないよね、地味子ちゃんて…あっ、ごめん。女の子に体形の事なんて聞くもんじゃないよねっ!?」

「あははっ。スリーサイズでも知りたい? 上から――」
「い、いいよそんなのっ!!」
「そんなの扱いされた…」
「(何か落ち込んだ!?)」





ピッピッと商品にスキャンしていく
点数が増えれば金額も上がっていき、彼女がお金を出す間にそれを袋に詰めていく

一番大きな袋に全部収まったのはいいけど、流石に重いんじゃ…
本当にお泊り会でもできそうなくらいだよ?




「ありがとう、蛍ちゃん!」
「持てる?」
「大丈夫! ほら、私って鍛えてるからさっ」




男の蛍介でさえ重いと感じるそれを、彼女は軽々持ち上げた

あ…ちょっとショックだった




ちりん



「い、いらっしゃいませ…」
「おう、地味子」
「翔瑠?」
「終わったか。バイト」




店に入ってきたのは、建築学科の人だった
確かバスコとよくいる優しい人で、カフェで働いている筈
いつもの調子で挨拶をすれば、何処か怪訝な顔をされた




「や、やあ…っ」
「ん? おう(誰だ?)」





彼の反応がいまいちだったのは、自分が夜の蛍介だからだろう
すっかり忘れていた




「あれ、蛍ちゃんって翔瑠と知り合いだったの?」
「え、えっと…知り合いって言うか、バスコと一緒に居る人…だよね?」
「あー、見たことあるわけか」




コンビニで働くこのデ…男に翔瑠は面識がない
地味子が時々会話に『蛍ちゃん』と呼んでいることから、それがこいつの事だとは思うけど



「って、お前こんなに買ったのかよ」
「あ、盗られた!」
「盗ってねーし。持ってやるだけだ…重くね、これ? 何買ったんだよ」
「私のお菓子…!!!」
「(物凄い顔で睨みつけてる…!)」




食べ物の恨みは怖いんだな…と蛍介はガクブルする
しかし、彼が此処に来るなんて初めてではないだろうか
利用客としてではなく、それは地味子を目当てで来ているような気がした




「帰ろうぜ」
「あれ、迎えに来てくれたの?」
「おお。バスコの奴来てねえだろ、やっぱ」




バスコ、と聞いて地味子は『うん…』と目を伏せる




「あ、あのっ!!」
「なんだ? 金はもう払ったんだろ?」
「そのはずだけど――何か残ってた?」
「い、いや、そうじゃなくて――バスコは、大丈夫なの?」
「…なんでお前がバスコを心配するんだ?」




うぅ、何だかこの人怖いよ…

ちょっと見られただけなのに、どうしてこうも自分は怯えているのだろうか
彼は僕を虐める人じゃないけど、強そうな印象を持つ人にはまるで条件反射のように震えてしまう




「蛍ちゃんは、蛍介から聞いたんだって。二人は友達なの。どっちも私の事も心配してくれてるんだよ」
「蛍ちゃん? 蛍介?」
「彼が蛍ちゃんで、蛍介は転校生の方」

「『はせがわけいすけ』…ややこしいな、おい」




胸元にある名札を見て、彼はそう言った
確かにややこしいよ、僕にだって眠ると体が入れ替わるなんて原理、解らないんだから




「心配してくれてサンキューな。バスコの事ならなんもねぇよ」
「で、でも…地味子ちゃんが」
「あ? 地味子がどうしたって?」
「何でもないよぅ。蛍ちゃん心配性だからさ!」
「ふぅん」




はぐらかされたことに驚きだった
彼の前では話したくない事なのだろうかと、またもや自分の発言に後悔する

それから二人は揃って店を出ていくまで、蛍介は自己嫌悪の嵐だった




「僕って…ダメな奴だなぁ」




ちりん



「いらっしゃいませ…あれ、地味子ちゃん?」




出て行ったはずの彼女は、数分も経たない内に戻ってきた
何だろう、忘れ物だろうか?




「蛍ちゃん!」
「は、はいぃっ!?」

「蛍介に言っておいてくれる。『晃司は何かを勘違いしている。時間かけてでもいいから仲直りしてね』って」

「…え?」
「何か別の理由でそれぞれがすれ違ってるだけなんだよ。晃司と蛍介には友達になってほしいからさ」




…すれ違い?

友達って…僕が、バスコと?




「やっぱり、晃司がワルなはずないもの。だから勘違いしてるんだ」
「地味子ちゃん…蛍介の言葉が嘘だって言うこと?」
「嘘? そんなことないよ。蛍介は嘘吐かない」
「えっと…よく、解らないんだけど」




そう素直に聞けば、『私もわからない』と返された
え、疑問は増えるばかりだ




「んー。晃司が理由もなしに、蛍介を殴るなんてありえない。だけど蛍介もまたワルには見えない…じゃ、駄目?」
「それって――結局はバスコを信じてるって事?」
「え。当たり前だよ。ヒーローを信じないとね」
「ヒーロー?」




どうしてそこにヒーローなんて言葉が出てくるのか
そう言えば、彼女は事あるごとに『ヒーロー』について語ることがしばしばあった気がする…




「私が晃司を信じないで、誰が信じると言うの」
「地味子ちゃん…」
「まあ、蛍介とどっちを信じるかって言われても、どっちも信じたいんだけどね!」





そう言って彼女は胸を張って答えた




「本当に、地味子ちゃんはバスコを信じているんだね」

「…蛍介もそんなこと言ってたかな。同じ事を言うんだね、名前が一緒だと考える事も一緒なの? はっ…テレパシー!?」

「え。え…(テレパシー?)」

「ありがとう、蛍ちゃん。優しいね」




笑顔でそんな事を言うものだから、蛍介は何も返せなかった
コンビニを出ていくその姿を見つめて、とくん…と胸が高鳴るのを感じる




僕は…

彼女の笑顔がもっと見たいと思った


夜だけじゃなく、昼だって――


もっともっと 地味子ちゃんのことが知りたい…!




「地味子、まだかよ? また腹でも壊したか?」
「おっふ。それって女の子に言う?」
「元気じゃねぇか。…大丈夫そうだな」
「うん」



少しだけ安心した翔瑠だった




「バスコから全然連絡来ねぇし…」
「病院に行かせたし、大丈夫でしょ」
「は? 病院って俺、聞いてねぇけど…」

「大事を取って私が行かせたの。学校も無理やり休ませた。行かなかったら絶交って言ったら泣きながら行ったよ。そんなに病院怖いのかな。別に注射されるわけでもないのにね」

「…マジか(絶交が効いたな…)」




それでバスコは来なかったのかと、翔瑠は理解した――




その一時間後には、バスコから『病院行ってた。地味子怖い(´・ω・`)』と言うメッセージが翔瑠の元に届く

病院じゃなくて…地味子が怖いってどういうことだ!?


全ては、幼馴染が仕組んだことだった




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