HERO GIRL

□愛と正義のヒーローウーマン@
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ある日、お爺ちゃん先生に呼ばれた
相手が校長だろうと、私にとっては『お爺ちゃん先生』なので、どっかの担任みたいに呼び出されただけではビクビクなんてしない




「失礼しまーす。…あれ、居ない」



校長室に入ると、其処に主の姿はなかった
呼び出されたのは確だし、もしかすると何か用事があって出て行ってるのかもしれない

それなら少し此処で待ってみることにしよう


ふかふかのソファに腰を下ろすと、横長のテーブルの上にお菓子が置いてあることに気付く
外装の箱から、有名店の老舗店の高級なものだと予想が出来た

普段はお客様が座ったりする場所だが、時にお茶やお菓子を出しているのを見たことがあった


そして私は、きっと今――お客様なのだ




「た、食べちゃ駄目かな…」



思わずそんな事を呟いた

運よく箱は開いている
中身はお饅頭のようで、白く小さな丸達が幾つも並んでいる

もしかしたら、お爺ちゃん先生は私の為に用意してくれたのかも
だとしたら、今食べようが後に食べようが一緒だよね

…ね?




「頂きまーす!」



――ガラリ



「あぁ、お待たせしました。ちょっと職員室に用がありましてね」
「…んぐっ」



お爺ちゃん先生が帰って来た…!

振り返るよりもまず、口の中の饅頭を何とかしなければならない
しかし、一口で食べるものじゃないな
お爺ちゃん先生が突然帰って来るものだから、一気に口に放り込んでしまった




「今、お茶を淹れますからね」
「…むぐむぐ」
「そうそう。其処にお饅頭がありますから、良かったら食べて下さい」
「ふぁい」
「おや、もう食べていましたか」




お爺ちゃん先生は怒る様子も見せず、ただにっこりと笑ってくれた
よかった、勝手に食べたことに関してはお咎めがないようだ

やがて目の前に温かいお茶が出されると、向かいのソファに彼は腰を下ろした
以前とは少し違った茶葉を使用しているらしく、香りが違う気がした
新しい物に変えたのだろうか
このお茶もまた美味しいからいいけどね


――勝手に食べてしまった事への謝罪の気持ちは、一切なかった




「さて。君を呼んだのお願いがあるからです」
「お願い?」



一つ目の饅頭が口の中から無くなると、即座に二つ目へと手を伸ばす
もう遠慮なしだった
だってこれ、物凄く美味しいんだもん!



「地味子ちゃんはヒーローマンが好きでしたね?」
「うんっ。大好きだよ!」
「それは良かった。実はちょっとしたバイトを頼みたいのです」
「むぐむぐ…バイトとヒーローマンに何の関係が?」



それはね――と、お爺ちゃん先生は前置きを一つする



「ヒーローウーマンが怪我をしたので、君に代役をお願いしたいんです」
「…ヒーローウーマン?」



それって何処かで――

あ、思い出した
遊園地で迷子の男の子と見た、ヒーローショーだ!



「いやいや。代役って何? 私は本物のヒーローウーマンじゃないし、無理でしょ」




特撮

そう言えばあの男の子も、そんな事を言っていたような気がする
特撮なんてあまり見ないからよく知らないけど、あれだよね
イケメンの俳優さんが変身して、ヒーローマンになるんだよね?

道を歩いてたら即、ヒーローマンってバレるんじゃないのかな
敵にも一般の人にもさ




「正しくは、スタントマンですね」
「スタントマン? え、ヒーローマンって実在するんじゃ…」
「子供のように純粋なのもいいですが、あれは特撮ですよ」




ちょっとだけ、信じていた事が否定されたみたいで、何だかショックだった




「ヒーローマンを製作するディレクターの方とは、縁がありましてね。撮影中、スタントの女性が怪我をしてしまったそうなんです」

「ほう。それは心配だ」

「どうにか代役を立てられないかと相談を持ち掛けられましたところ、君が浮かびました」

「何で私が?」
「スタントマン顔負けの身体能力を君が持っているからですよ。他に当てもありませんしね」

「はぁ…これって褒められてる?」
「えぇ、とても」




お爺ちゃん先生は相変わらずニコニコ顔だった

昔からそうだ
彼はこの笑顔で私を調子付け、言い包めて来たんだ

だがしかし、私ももう高校二年だ
そう簡単に首を達には降らない

ついでに言うと、何でそんな面倒臭そうなことをしなければならないのか

スタントマンって何
まず、何をすればいいのかすら解んないもん



「えーっと、お爺ちゃん先生の頼みなら喜んで引き受けたいんだけど、バイトとか勉強とか、友達と遊んだりとか、ちょっと忙しいんだ」

「要するに面倒臭いんですね」

「おっふ。どうして解ったの」
「すぐに認めるようではまだまだです」



そうか、私は正直過ぎるのか!

見抜かれてしまってはもう遅い、笑うしかないなこれ



「あ、あはは」
「そうですか、残念です。君なら引き受けてくれると思ったのですが…」



溜息交じりにそう告げるお爺ちゃん先生と目を合わせないように、三個目の饅頭を口にする
何度食べても飽きないその味に、頬が綻んだ




「ちなみに」
「むぐ?」
「そのお菓子はディレクターの方から戴いたものです」
「…ごふっ」

「君が引き受けてくれるとばかり思っていたので、受け取ってしまいました。今から返しに行こうにも、一つ、二つ、三つ…あぁ、もうこんなになくなってしまっている。どうしましょうか」



――どうしましょうかって…

え、これってお礼に貰ったものなの?


それを私、食べちゃってたの??



ふっと見れば、お爺ちゃん先生が笑っていた

断る事の出来ない、あの笑顔で――



「さて――地味子ちゃんは悪い子じゃないですよね?」
「…うん」
「食べた分はしっかり働かないといけない事も解りますね?」
「も、勿論ですとも! やります。やらせてください」
「おや、どうしました急に」



解っているくせに、この人は…!



「何か急にやりたくなったんです、はい。身体を動かすんでしょ。大丈夫、出来ます」
「そうですか。では、相手先にも連絡を入れておきますね。君がいい子でよかった、本当に」

「あ、あはは…」



お爺ちゃん先生は、私の行動パターンを熟知していたみたいだ
うちのお母さん並みに凄いと思う、流石です


そして私は、お饅頭に負けました…



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