HERO GIRL

□私と美容ボーイ
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教室に戻ってきた彼女の様子が、おかしい事に気付いた
授業中は寝る事もせず、ただ落ち込んだ様子で過ごしている
時折顔を覆い、恥ずかしい恥ずかしいと呟いていたけど何だろう

担任の先生の顔は怒ると言うよりも、むしろ心配していた




「…名無し? どうした、寝ないなんてお前らしくない…っ」

「(えーと。それっていいのかな?)」




教師としてその発言はどうだろうと思う

それでも彼女は最後まで様子が変わらなくて、授業が終わると蛍介はすぐに声を掛けた




「地味子ちゃん? どうかしたの――」
「今日、紐だったの思い、だした…」
「え。紐? なにかな、それ…」
「えっ。地味子、とうとう着てきたの!?」




美怜が興奮気味に食いついてくる
いつも以上のテンションに蛍介はびくっと身体を震わせた




「み、美怜ちゃん…?」
「あっ。蛍介! 地味子ってば今日は冒険したみたいなの!」
「ぼ、冒険…?」
「私と瑞希が選んだ紐パ――」
「ちょっと待ったあああ!!!」




流石に言わせないよ!?と、鬼気迫る勢いで地味子は美怜の口を塞ぐ
しかし彼女は終始笑顔だった




「地味子ってば、随分大胆になったわねー。やっぱり紐パ――」
「やめてくださああい!!」
「美怜ちゃん、地味子ちゃんが泣いてるよ…!」




彼女をそこまでさせるとは、一体何なのだろうか
聞いてみようにも泣いているところを見ると、深く聞かないほうがいいのかもしれない…

その時、廊下から女の子の悲鳴が聞こえた
と言っても、ホラー映画みたいなのじゃなくて、ここ最近自分の耳にもよく聞こえる黄色い声って奴

その声はだんだんと近づいてきて、教室の扉が開かれた




「ねぇ、名無しさん…っている?」
「ちょっと。アレって――」
「び、美容学科唯一の男子!!!」
「磯野悟くん!!!」
「イケメンだわー!!」




イケメンに反応するとはさすが美怜だ
直ぐ傍に居たからちょっと吃驚してしまった蛍介である




「って、地味子ちゃんのことを呼んでるみたいだけど…」
「えぇ…? 何、また知らない人―」




げんなりした様子で地味子がその磯野と言う人を見る

また顔が整った人だ…あれもイケメンっていうのかな、美怜ちゃんが言っているし
それなら男子全員がイケメンってことでいいかな、定義が解らないし…




「お前っ、地味子ちゃんに何の用だよ!?」
「ん? やっぱりこの教室で合ってる?」
「おい、質問に答えろよ!!」




…磯野君と言う人に食って掛かる道也も、イケメンと言うやつなのだろうか――

美怜をそっと見てみたら、道也の存在自体を恨むように睨みつけていた



「なんであいつとイケメンが並んでるのよ! やめてよ! なんかヤダ!!」
「…じゃあ、道也はイケメンじゃないのか」



彼女の言葉で、道也のイケメン度が決まった




「あ、君だよね。『名無し地味子』さん」




磯野聡はクラス中を見渡して、直ぐに地味子に気が付いた
教室内はざわっとその二人に注目し始める

イケメンと言うだけでこんなにも人を集めるのか、彼は凄いな――
そんな事を考えている昼の蛍介は、自分もそのイケメンだと言う事に気づいていない




「そうですけど…誰ですか」
「えぇー!? 地味子ってば彼を知らないの!? 有名じゃない、美容学科でただ一人の男子よ!」
「…へぇ」
「ははは。よく知られてないみたいだね」
「うん、今初めて知った。有名人ならごめんね。そう言うの疎くて」




いや、と磯野は笑う




「知らないって言うほうが逆に嬉しいよ」




その優しい笑顔に、どれだけの女子が虜になっただろうか
特に地味子の傍に居た美怜は、釘づけだ
女子はメロメロ、男子は気に入らない様子である

道也も同じで、あんなイケメンに大事な地味子ちゃんを盗られてたまるかと、対抗意識を燃やしている

安心しろ、彼にはきっと勝てない




「うん。でもこれから貴方のことを知っていくことにするね」
「え?」
「知ってもらえた方が、もっと嬉しいでしょ?」




その純粋の塊のような彼女の笑顔は、磯野自身を驚かせた

普段から女子に囲まれて学校生活を送っているからこそ、その喜ばせ方やあしらい方はまるで息をするように簡単に出来る
最早慣れと言ってもいい
いつも自分をちやほやしてくれる女子のどの中にも、彼女のように心に響く言葉を投げてくれたことはない
だからこそ、そんな返し方をされたのは初めてだった




「…驚いたな。吃驚だよ」
「え。ごめん。何かしたかな?」
「いいや。僕も君のことを知りたくなったよ」




そう言って、また微笑む
教室中で悲鳴にも奇声にも似た声が度々上がった
よく見れば、廊下から教室を覗き込む女子集団もいる
何あれ怖い 女子怖い 目が怖い めっちゃ見てる…!




「何あの女…!」
「あたしたちの聡に色目なんか使っちゃって!!」
「聡も聡よ! なんで急にファッション学科に来たの!?」

「えーと、外の声は気にしないでね、いつもの事だから」




――笑顔で凄い事を言っている…




「う、うん…それで、私に何か用」
「あぁ、そうだった――はいこれ」




スッと渡された、見覚えのある生徒手帳
その表紙を飾るのは、自分の顔写真と学年、名前だった




「あれ…私のだ」
「うん、さっき拾ったんだ」
「ありがとう。気づかなかったなぁ」
「だろうね。あんなにジャンプしたら落ちるよ、きっと」




にこにこと磯野は笑う

…ん? あんなジャンプ?
さっきって…さっきのやつ?
え、えーと、つまりそれは…




「…えぇと、何処で拾ったのかな」
「君が埼玉くんと遊んでる時、かな」
「Oh…」
「あれ、名無しさんどうしたの?」




穴があったら入りたい…そう思う
まさかあのグラサンとのことを見られていたなんて
てっきりPPPの仲間かと思ったけれど、彼は美容学部らしいし、何よりあのパーカーを着ていない

磯野はふふっと笑った




「面白いね。学食で見た時もそうだけど」
「あ、見ていたんですね…」
「敬語なんていいよ。あ、僕は磯野聡って言うんだけど…」
「えぇと、私は名無し地味子です」
「うん。知ってる」




そう言えば、生徒手帳を拾ってくれたんだ、彼は

『聡は、どんな子にも優しいー!』って。当てつけかな
さっきから女子の視線が痛いんだ
高校に入学しても地味に過ごしていたかったんだけど、どうしてこうなったかな




「よかったら、君の髪をカットさせてくれない?」
「え。なんで?」
「…あれ、おかしいな。大体なら即オッケーのはずなんだけど」

「「じゃあ、あたしが!!!」」



…クラス中の女子が手を挙げているような気がする

あ、美怜もだった

だが、そんな中で磯野は爽やかな笑顔で受け答えた




「うーん。ごめんね? カットモデルはもう決めてるんだ」
「あの…視線が痛いです」
「大丈夫? 保健室行こうか?」
「いえ…」




たぶん、今の言葉で殆どの女子を敵に回したんじゃないだろうか
そう言う悪意じみた視線なら、自分にだってわかる

うん、美怜ちゃん…恐いよ




「えぇと…カットモデル?」
「うん。僕は美容師を目指してるんだ」
「そうなんだ…」




もう将来を見据えて動いているなんて、尊敬する
ファッション学科に入ったのだって成り行きだし、やりたいことだってまだ見つからない
彼に比べれば自分なんて…まだまだだ

しかし、カットモデルか――
最近美容院行ってないし、お願いしてみようかな…


…あ、駄目だ





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