HERO GIRL

□私と君と誤解
3ページ/5ページ



「本当に、蛍介は…勝ったの?」





もう一度彼女は問いかける
真っ直ぐに見つめるその瞳は、小さく揺れてるように見えた
それを直視するのが躊躇われて、蛍介は僅かに視線を下に落とす


バスコに勝ったかどうか?




「…ごめん。憶えてないんだ」
「憶えてない?」
「どうやって倒したのか、僕にも解らないんだ…」
「――そう言えば、昨日はそんなこと言ってたっけ」




昨日、と言う言葉に蛍介はパッと顔を上げる





「き、昨日はごめんっ! あんなことをするつもりなかったんだ!」
「あぁ、うん。別にいいよ」
「えっ!?(そんなあっさり!?)」




自分が物凄く悩んでいたことを、彼女はただの返事で終わらせた
かなり失礼な事をしてしまったのに
殴られても仕方ないくらいなのに…




「怒らないの? ぼ、僕なんかが――」
「どうして自分を卑下するの? 蛍介らしくない」
「え。僕らしくないって…」
「蛍介ならいつも自信もって、堂々としていると思ったんだけど…」




違った?と、彼女は首を傾げる

どれだけ外見が整っていても、蛍介と言う内面は変わらない
今の身体でも、元の身体でも、それは何一つ変わらない…




「…蛍ちゃんみたい」
「え」



今、何て――?




「…あ。先生に呼ばれてたんだった」




其処で地味子は思い出したように時計を見上げる
終礼してから十分ぐらいたっただろうか、早く行かないと雷が落ちる気がする




「あ。あのさ…っ。どうして、今日は…そんなに元気がないの?」
「え?」
「朝から元気なかったよね? もしかして――バスコが来てないから? やっぱり僕のせい?」
「…どうしたの急に。蛍介が気にする事ないじゃん」




そう言って彼女は笑うけれど、それさえも何かが違う気がした

嘘だ、と感じさせるほどに――




「って事は、やっぱり――」




彼女の元気がないのは、自分にあると理解する




「蛍介が気にする事ないんだけどなぁ…」
「でも――」
「何で喧嘩したの?」
「え」
「蛍介言ってたよね。『あんな奴と思わなかった』『絶対に渡せない』って…晃司が何かした?」




それは――

思い浮かんだのは、母ちゃんだった
僕が息子の『蛍介』と気づかず、嬉しそうに僕の事を話していた母ちゃん

カフェに来るのだって初めてだろう母ちゃんの事を、僕は一度たりとも考えたことはなかった
それに気付かされて、自分がとても恥ずかしくなった――

自然と蛍介の表情は、苦しそうに歪められていく




「…言えない」
「言えない?」
「ごめん――」
「謝られても…え、どう言うこと?」




彼女が困惑するのも無理はなかった




「晃司は――カツアゲしたの? 恐喝したの? …ワル者みたいなことをしたの?」
「地味子ちゃん…?」
「晃司に限ってそんな事――ないよ。絶対に!」
「地味子ちゃん…」




でも、蛍介は知っている
母ちゃんから貰った大切な、くしゃくしゃの千円をあいつは――僕から巻き上げようとした


だから…あんなやつとは思いたくなかった




「蛍介誤解してる。晃司は、そんな人じゃない…」




彼女が妄信的にバスコを信じているのは、よく解っていた
では誤解しているのはどちらだろうか?

バスコだけじゃなく、もしかして僕も――?


ガガッ――




『あー、あー。ファッション学科一年 名無し地味子。まだ居るかー?』





チャイムが鳴るスピーカーから、突然そんな声が聞こえてきて、地味子も蛍介も驚く




『呼んでおいて悪いが、先生ちょっと用事出来たからー。今日はもう帰っていいぞー』

「…完全に私用アナウンスだ、これ」
「はは…」




呼びだしておいてこの仕打ち、何それ酷い
まあこれで帰れるのならよかった

バイトに間に合わなくなるかもしれないからだ




「バイトあるから帰るね」
「あ、うん…」
「ばいばい蛍介」
「ばいばい地味子ちゃん」






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ