HERO GIRL

□私と君と誤解
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「ありがとうございましたー」





ちりん、と音がしてお客さんが出ていくのを見送る
今日は忙しくないな、と少々手持ち無沙汰を感じつつも小さく息を吐いた

昼間はぐっすり寝ていたから、今は目が冴えて仕事にも身が入っているのになぁ
21時までまだまだ時間がある
しかしお客さんは珍しく少ない…暇だ




ちりん




「いらっしゃいませ――あれ、蛍ちゃん」
「や、やあ」
「どうしたの。まだ21時じゃないのに…あ、遊びに行った帰り?」
「ちょっとだけ、さ、散歩をしていたんだ」




蛍介は嘘を吐いた
昼間に解けなかった誤解も、今なら解けるかもしれないと、バイトに入る前にコンビニにやって来た
店内には誰もいない




「よかったー。話し相手が出来た!」
「話し相手?」
「お客さん全然来なくてさー。もう暇すぎて此処で筋トレしようかと思っちゃった」
「そ、それはやめたほうがいいよ…夜と違って、誰に見られてるとも限らないし」




それは、自身が経験済みだから言えることだ
『だよねぇ』と地味子は笑って誤魔化す

思ったより笑顔で、蛍介はホッとした



「このまま帰るのもなんだし、時間まで此処に居ようかな」
「うん、そうして! 何か話そう?」
「な、何かって?」
「うーん…あっ、そう言えば、この前蛍ちゃんのとこにお母さん来てたりした?」
「えっ…う、うん。よく知ってるね?」




どうして知っているのだろうと、蛍介は少しばかり焦った
昼の身体と一緒に歩いているのを見られたのだろうか?
それにしても、どうして彼女は『蛍ちゃんのお母さん』と言ったのだろう?




「やっぱり! 何だか笑う感じが似てるなーって」
「…僕が、母ちゃんと?」
「うん。だから蛍ちゃんのお母さんって思ったんだ」
「その時は多分、蛍介も一緒に居たと思うけど――彼のお母さんとは、思わなかったの?」
「んー」





彼女は暫し悩んでいた




「何だろう…思わなくもないけど、真っ先に浮かんだのは蛍ちゃんだったからなぁ」
「…」
「それに、翔瑠が『友達の母親』って言ってたから」
「…そ、そうなんだ」




一番に自分を想ってくれていたことを知り、何だか顔が熱を持ってしまう
もじもじとしていれば、『トイレはあっちだよ』と言われてしまった
場所は知ってるし、それとはちょっと違うんだけどなぁ…

昼間と違って、今の彼女は本当に笑顔だった
やっぱり、元気がないのは気のせいだったのだろうか…

それとも、話している相手が学校の奴じゃないから?



悶々と考えている間にも、彼女はいろいろと話題を振ってくれる
かなり会話に飢えていたようで、お客さんが入ってきても普通に喋り続けていた
ちょっとまずいんじゃないかな、と蛍介は困惑する





「地味子ちゃん、お仕事しなきゃ…」
「いらっしゃいませっ。袋はご入用ですか?」

「(仕事モードだ…切り替え早っ!)」




――何事もなかったかのようにレジを進めて、お客さんが店を出ていく

次の瞬間には、あの真剣さは何処へ行ったのかと破顔していた




「あはは。蛍ちゃんとはそんなに話す機会ないからさ、ついつい」
「そ、そうだね。いつも交代でバイト入るから――」
「うんうん。なんか新鮮で楽しいんだー」
「…け、蛍介から聞いたんだけど――今日、なんか、元気なかったって…」




思わず口を突いて出た言葉にはっとする
元気がないとか、そんなの自分の想像じゃないか




「えー? あぁ、そっか…蛍ちゃんは蛍介の友達だもんね。一緒に住んでるんでしょ?」
「そ、そうなんだよ」




二人が同一人物と知られないために吐いた嘘だった
きっと美怜や流星から聞いたのかもしれない
二つの身体が同じ場所にあったのは、家以外であまりないから




「…蛍介も心配性だなぁ。蛍ちゃんにまで迷惑かけちゃったね」
「め、迷惑だなんてそんな…」
「たいしたことじゃないの。ちょっと――自分でも整理がつかなくて」
「え?」




思わず聞き返していた




「このままじゃいけないのは解っているけど、どうにも言葉が見つからなくてね。どっちも信じたいんだけどさ」
「…地味子ちゃん?」
「蛍介は蛍ちゃんになんて言ってた?」
「あ、えぇと――その、バスコとの事は、それなりに」




何せ本人だからね、とは口に出せなかった
地味子はそれを聞いて『そっか』とだけ返す

少しだけ――彼女は沈黙を見せた




「…信じたくない訳じゃない。でも、どっちが正解なんて解らないんだよ。そしたら晃司も蛍介も、きっと――何か誤解してるのかなって。そんなふうに思った」

「誤解って――」
「あはっ。何だろうね、それが解れば苦労しないんだけどさ――ほぼほぼ勘なんだ」
「(勘…!?)」

「蛍ちゃんにも迷惑かけてごめんね」




ううん、と首を振る
自分が卑怯な事をしているのは解っていた
昼間の自分が聞き出せない彼女の本音を、夜の自分が聞き出そうとしているのだから




「蛍ちゃんのお母さんって本当に優しい人だね。地味子ちゃんって言われてとってもあったかい人だなって思った!」

「あ、あぁ…なんか、馴れ馴れしくてごめん」
「いいよー。それに私の事をお母さんに話してくれたんだね。バイト先の優しい子って言われて吃驚しちゃった」

「(かあちゃーん!? 余計な事を…!)」

「がぁるふれんどって女友達ってことでいいのかな?」
「ふ、深く聞かなくていいよ…」




後で母ちゃんに電話しよう…
何か誤解していると、蛍介はそう思った





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