HERO GIRL

□クレイジーおじさんとヒーローガール
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男は本当に一軒一軒、しらみつぶしに美怜の家を探しているようだった
それも、包丁を隠し持っている
買ったビールをぐびぐび飲んで、辺りを見ていた

住宅街で彼女の家はそう遠くないが、近いわけでもない
どうしよう、思わず追って来たけれど――完全にノープランだった
着かず離れず、それなりの距離を保っているからバレることはないだろうけど、いつあいつが美怜に出くわすか解らない


スマホは、ジワリと滲んだ汗で滑りそうだった

今度こそ人を呼ぶ?
でも、誰を?

警察?
直ぐに来てくれるか解らない

父親?
さっきの今だし、きっと仕事中だ。呼べない



それとも――




最後に浮かんだ幼馴染を考えていると、男の姿を見失いそうになって慌てた
このままじゃ時間だけが過ぎていく、と思った時、手の中のスマホが静かに震えた



「誰――美怜ちゃん?」

『やっほー』

「ど、どうしたの。こんな時間に…」

『お母さんに買い物頼まれてね。この辺暗いからつい掛けちゃったんだけど――よかった、直ぐに出たって事は起きてたんだ』

「う、うん。まあ…」




会話をしながら視線を男に向ける――しかし、其処に男はいなかった



「(いない…!?)」

『ねぇねぇ。最近私も『パプリカTV』始めたんだ。まだ一週間だけど、結構稼いじゃってね』

「へ、へえ。そうなんだ…」




何処に行ったと、辺りを見渡す
周辺は電灯もあまり点いていないので、彼女の言う通り暗い道だ




「…み、美怜ちゃん。今何処に居るの? もう家?」

『えー? コンビニ出て帰るとこだよ』

「辺りに変な人とかいない? 大丈夫?」

『ちょっと。怖がらせないでよー。ただでさえ電話して気を紛らわせてるのにさぁ』

「ご、ごめん…」




少しだけ怒った様子の美怜が言った
夜は暗くて、しかも変な人がいるかもしれないからと、だから自分に電話を掛けてきたのだろう

あの男は何処にもいない
見失ったのだろうか、しかし彼女の傍に居る様子も恐らくない――




「でも、美怜ちゃんが心配で。ほ、ほら。配信してるって言ってたから、変な人がいないかなーって」

『えぇー? あー、まあ、変な人はいたけどね。『不動産王』って言う、やけに『月風船』を送ってくるカモ』

「…月風船」

『あの人のお蔭で私、儲かっちゃってさー。くすくす。地味子にも今度奢ってあげるよ』




素直にありがとうとは喜べなかった
どんな形でも彼女が稼いだ月風船には違いないけれど、それを送りつけている人物を知ってしまったから、余計に嫌悪感が増す




「は、はは…み、美怜ちゃん、ほんとに気をつけてね。もしかしたら美怜ちゃんが、何処に住んでるかだって解ってるかも…」

『確かに家から配信してるけど、そんなのないわよー』

「…み、美怜ちゃんが言ったんだよ? 写真一枚でもいろんな情報が得られて、特定されるって」

『あー、そうだっけ?』




きゃはは、と笑う彼女はとても明るかった
まだ歩いているのか、電話口では足音が一定の間隔で聞こえて来る




『じゃあ地味子も気を付けなよ? また『地味子ちゃん』が撮られちゃうから』

「は、はは…」

『それにしても、アレって誰が撮ったんだろうね…あれ?』

「どう、したの――?」




不意にその足音が止まった
会話に意識を集中させると、彼女は何故か悩んでいた




『…あの子、なんであんなに息切れしてるんだろ。って言うか何処かで見たことあるんだよね』

「あの子…?」

『うん、えーっと…』
『美怜ちゃん!』
『わ、なんで私の事――!?』




聞こえてきた声に、一瞬ゾクリした
だが、最悪な展開ではなかったようで、次に聞こえてきたのは見知った人の声だった




『だ、大丈夫? 何もない!?』
『は、はぁ? なんなのよ――!』
『美怜ちゃん、包丁持った変な人に会わなかった? それか地味子ちゃん見なかった?』
『ほ、包丁…って、意味わかんない。…ねぇ、地味子。何なのこのデブ』
『えっ、地味子ちゃん!?』

「蛍ちゃん…そこにいるの?」




聞こえてきたのは、蛍介だった
バイトを抜けだしてきたのだろうか、なんてことだ
まあ自分も同じく抜け出しているのだから、文句も言えないが

せめて、コンビニをちゃんと施錠していることを祈る





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