HERO GIRL

□私と合宿と一日目
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合宿所に着くと、生徒たちを待ち受けていたのは、指導員により所持品検査だった
お酒やたばこなど、不審な物を持ち込んでないか、一人一人の持ち物を探られる
ファッション学科には二人の指導員が付き、クラスの女子曰く『イケメン』と『不細工』だそうだ



「やだ、かっこいー!」
「イケメンだわ!」
「あの人に検査されたーい!」



イケメンと称される男は若く、名を『ゼウス』と言うらしい
女子たちはこぞって眼の色を変え、指導員の周りに集まっていたのだが…

『木村卓哉』とネームの書かれた男の方は、まるで閑古鳥が鳴いているようだった
女子の一人もそこには集まらない




「…はぁ」




いつもの事だと指導員・木村は嘆いている
これでも上級青少年指導員としての腕はあるが、どうにも見た目で善し悪しが決められてしまうらしい
女子生徒に囲まれているあの指導員は、所詮バイトだ
そんな彼はにこやかに、爽やかに女子の鞄を見ている
よく堂々と鞄の中の物を見せられるものだ
お菓子やヘアアイロンなどよりも、まず下着とか…そう言ういろいろ見られたくない物だってあるだろう




「先輩? すみませんが生徒の数が多いので…手伝ってもらえますか?」
「あ、あぁ…」

「やだー。あの人酷い。全部ゼウスさんにやらせるなんてー」
「はははっ。あの人は私の先輩なんだ。後輩が先輩より働くのは当たり前だよ」
「先輩を立てるなんて、中身もイケメンなのねー!」




きゃあきゃあと騒ぐ声に少しだけイラッとした
でもこれが仕事だからと近場の女子に声を掛けたら、物凄く嫌そうな顔をされた
結局鞄の中を見せては貰ったけれど、僅か数秒後には勢いよく取り上げられてしまった

こんなことが何人も続いて、流石に辛い
段々と声にも力がなくなっていくのが解る…




「はい、次…」
「お願いしますっ」
「ん? うん…」




随分と元気な子だと思った
今までの誰よりも、接し方が違う――と、思わず鞄より先に生徒を見上げた

その生徒は終始、ニコニコと笑っていた
こんな自分に鞄の中を見られても、決して嫌がることはない
かと言って不審な物がないとも限らないので、ちゃんとチェックしたけれど…




「…何これ?」
「あっ…しーっ。内緒ですよ、着ぐるみパジャマなんです、それ――」
「な、なんで着ぐるみパジャマ…」




其処で初めて慌てたように、彼女が声を潜めた
顔を近づけて、誰にも聞かれないようにひそひそと言ってくる

誰一人として自分に近づこうとしなかったけれど、彼女だけは違っていた




「先生が持ってくるなって言ったんですけど、そう言われたら持ってこなくちゃって思いません?」
「は?」
「すみません。怪しい物なんて持ってないので、どうかそれは没収しないでください…!」
「い、いや。没収も何も――大丈夫だから。君はパスだよ」
「ホントですか!? ありがとうございますっ」




…感謝されたのは、いつぶりぐらいだろう

しかも面と向かって、目まで合わせて――この女子生徒は不思議な子だと、とても印象に残った




「名無し―。所持品検査終わったか?」
「あ、先生っ。べ、別に着ぐるみパジャマを持ってきたわけじゃ…!」
「持ってきたんだな馬鹿野郎」
「はぅっ…!」




――本当に面白い子だと、木村は笑った

そう言えば、笑うのも久しぶりだった





「――お酒にたばこなど、こんなに規則違反をする生徒の多い学校は、見たことがありません」




指導は、全てゼウスが中心となって行われた
違反をした生徒は罰則として携帯を没収され、勿論お酒やたばこも指導員の手に渡る
携帯以外は合宿後に返されることもないだろう
何せ未成年なのだから

おまけに合宿所では指導員にすべてを任せているため、引率の先生達に至ってはテントの下で休憩している
何あれ、狡い

しかもうちの担任はのんびり仮眠取ってるよ…
あ、副担の先生に起こされて慌ててる――




「地味子、早く着替えに行こうよ」
「うん」




合宿所内のそれぞれの部屋割りを聞いた後、レクリエーションの為に体操着に着替えることになった
地味子と美怜、瑞希、唯の四人は同じ部屋だった




「あの指導員、マジイケメンだったよねー」
「イケメン…誰が?」
「はぁ? ゼウスって人に決まってんでしょー?」
「唯、地味子にイケメンの定義を求めちゃダメ」




瑞希が静かに言ってきた
なんで、と声を掛けられてもこっちも困る

イケメンて何、木村卓哉さんとはまた違うの?
あの人優しかったよ、着ぐるみパジャマ見ても苦笑いしてたもん

…あれ、苦笑い?




「あんた…自分がイケメンに囲まれてるって解ってないの?」
「?」
「…晃司君と翔瑠君が居るのに、宝の持ち腐れだわ」
「あ、二人が私の宝だってよく解ったね!」
「はぁ…」




どうして彼女はこんなにも溜息を吐くのだろうか、地味子には不思議でならない
そんな会話をしている内に、美怜が着替え終わったようだ
未だに自分は着替えていない、唯も美怜も徐々に支度を終えていると言うのに――




カシャリ




「…ん?」
「どうしたの地味子。早く着替えないと…あ、揉まれたいの?」
「揉む体積もないけどねっ! って言うか美怜ちゃん酷い!」
「あははっ」
「待って。着替えるから…あっちむいててよっ」




女同士でも見られたくないものだってある
特に…比べられたくないものだ、自分と相手の大きさを

皆、なんでそんなに実ってるの
毎日牛乳でも飲んでるの?
イチゴ牛乳じゃ駄目なのかな――


それにしても、あの音は何だったんだろう

窓の外かな?


何か聞こえた気がしたんだけどな――?





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