HERO GIRL

□私と過去と地獄の原点
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――学校を二日も休んでしまった

下駄箱で靴を履き替えて、深く溜息を拭く




「あぁ…最悪だ。昨日の売店は、限定のパンが発売されてたのに…!」

「地味子。お前、二日も休んでたって…大丈夫か?」
「翔瑠…」
「うわっ、なんでお前泣いてんの?」




丁度自分のクラスの下駄箱で、靴を履き替える翔瑠が居た
幻のパンが食べられなかった事を告げれば、翔瑠は途端に呆れた顔をした




「それぐらいで泣くなよなー」
「…いたっ」
「わ、悪ぃ。そんなに強く叩いたつもりなかったんだけどよ」
「ううん…大丈夫」




普段なら痛がる様子もないのになと、彼女の左肩を見てそう思った
女の子だからかな、俺の方が力が強くなったんだろうか…




「…晃司も二日間休んだんだ」
「…そうなの? 知らなかった、休んでる間は連絡とってなかったから」
「あぁ、家に行ったんだ…」




珍しいと思った
中学に入ってからは翔瑠が晃司の家に行くって事も、少なくなったから

翔瑠は、晃司の家で見たあの姿を地味子には伝えなかった
地味子が何も言わないって事は、きっと彼女も知らないのだろう
晃司も、地味子には何も言ってないって言ってたし――…




「…お前が休んでた理由ってさ。その――あいつらか?」
「ん? ただの熱だよぅ。インフルエンザじゃないかなー」
「普通は一週間くらい休むけどな?」
「あー。それじゃあたぶん…軽―い奴だったんだよ」




明らかにバレバレな嘘だった
嘘なんてまともに吐けない馬鹿正直な地味子だから…翔瑠には解ってしまった

何か遭ったんだと――
そして、晃司のあの姿を今一度、思い出す…
晃司があんな目に遭ってるのに、地味子は…何もなかったのか、本当に?
女だから、見逃された――?
それなら、いいけれど…




「地味子…何かされたか?」
「だから何もないってばー。ほら、教室着いたよ?」
「あぁ…またな、地味子」




いつの間に自分の教室に着いたのか、翔瑠はその扉を開けた
途端に教室はどよどよと不安な空気に包まれる

なんだ――って、三年生!?




「おう、来たぜ。あいつだ」
「…」
「ぐっもーにん。デカ耳くん」
「あ…何で…」




朝からどうして、この三人が教室に居るんだ?

クラスには殆どの人がいて、誰もがその三人から離れる様に遠巻きに見ていた
いつも自分とツルんでくれているあの三人も、終始びくびくしているのが解る




「おい、お前」
「ひっ…」
「俺は言ったよな。あいつが休んでるなら引っ張ってでも連れて来いって…お前、自分がされたこと憶えてねーの?」




黄色い男は、最初から苛立っていた
その存在だけで、されたことを思い出しては――足が震えてくる




「来なかったら、またお前が代わりの玩具になるんだぞ?」
「…も、もう…やめてくれ…」
「あ?」
「晃司が酷い怪我をしていた…これ以上はもう、止めてくれ…頼む」




震える声で懇願した時には、顔面が潰されるかと思った
それぐらいに強い拳が、モロにヒットした――赤い服の男だった

ガターン!!

いくつもの机や椅子を巻き添えにして、翔瑠は簡単にふっ飛ばされた
誰も席に着く人はいなかった
皆、窓側や廊下側に避難して、教室の中央で行われる制裁を黙って見ているほかなかった




「『頼む』だぁ? それが人にものを頼む態度かよ」
「や、やめてくれ…!!」
「『止めて下さい』だろぉ!? 俺は先輩だぜ!」




殴る、蹴る、それをずっとされていても翔瑠は必死に耐えていた
こんなに痛い思いを、晃司はずっとしていたんだと思うと――自分が情けなくなる

晃司は決して屈しなかった
声も出さず、助けも呼ばず、泣かなかった

それが相手を逆に喜ばせるからと、晃司は言っていた――




「…っ!!」




ぐっと唇を噛み締めて、翔瑠もまた同じようにした
じっと耐えていた――相手が暴力をやめるまで、ずっと…!




「誰があいつと同じ真似をしろって言ったよ!」
「…うざってぇ」
「…?」




黄色い男が吐き出すように言った
その顔は、直視するだけでも恐怖だった




「あの糞女の次はお前か…イライラさせる奴らだぜ」
「(誰だ…っ?)」
「最後まであいつを虐めないでって言ってたな、あの女は…」
「…!!?」




それが、自分の幼馴染だと言う事が解ってしまった

やっぱり、あの日――地味子は乗り込んだんだ、あいつらの元に!




「こ、晃司をもう虐めないでくれ…! 地味子にも、手を出すな…」
「はぁ?」
「頼む!」
「だからおめーよぉ。それが人にものを頼む態度かって…」
「あぁ――うざってぇ!!」




黄色い奴の声に、赤も青も、自分もクラス中の誰もが黙り込んだ
赤の行動も、ぴたりとやんだ

シン、と静まり返る教室内




「蝉の奴は来ねーし。あの一年坊は休みやがるし、糞女は生意気、こいつも生意気だし…」

「…っ」

「どいつもこいつも――俺をイライラさせるのが好きらしいな、あ?」




完全にキレている――赤と青は、慄いていた
こうなったあいつは止められない

あの時も――キレたあいつは一年の女子を刺してしまった
噴き出した赤い血とその鉄臭さを、今でもはっきりと覚えている
流石にこれはやばいと思った、彼女は気を失っているみたいだし、それを放置してあいつ――あの一年坊にあんなことまでしてた!

逆らったり止めたりしようものなら、こっちが殴られる――
今もそうだ

もう最初から、あいつは完全にキレて――…




「…今度は翔瑠を虐めてるの? 本当にワルだね」




聞こえてきた声に、誰もが其方を見た

…地味子だった




「最低な人」
「お前…よく来れたな?」
「幻のパンを食べ損ねたからね…かなりショックだよ」
「は?」
「こいつも変な奴だな…」




この状況が解っていないのだろうか
頓珍漢なことを言い出す

翔瑠が慌てた様に振り返っていた



「地味子、なんで来た…?!」
「え。隣の教室に居て凄い物音がしたから、何かなーって。興味本位で?」
「野次馬してる場合かよ! 出ていけ! 逃げろ!」
「何それ酷い」
「おっと。逃げられて先公にでもチクられたら敵わねーからな…おい、見張っとけ!」
「は、はいっ!!」




何あの子、其処の黄色い奴の言いなりなの?
よく見たら、翔瑠と一緒に居た子じゃない?

あれ、何、どう言うこと――まあいいや




「逃げる訳ないじゃん。友達が虐められてるのを見て、見過ごすわけにはいかないよ」
「はっ…女が何をほざいてやがる」

「最初は優しそうな人だと思ったけど…それが本性なんだね。悪い人」




溜息交じりにそう言ってやったら、目に見えて表情が変わった
おお、悪人面だ…




「お前、またやられて―の?」
「流石に遠慮するよ。結構痛かったし」
「だろうな。深く突き刺したから」
「うん。お蔭でとても苦痛だったし、今でも辛い」




苦痛だと言っている割には――地味子は笑っていた

お前、何笑ってんだよ
そいつ危ない奴だぞ、晃司を虐めていたんだ…

翔瑠の身体は震えていた




「地味子、お前…何されたんだ」
「大丈夫だよ、翔瑠」
「大丈夫って、お前――!!」
「人質役はもう飽きたの」
「人質…?」




地味子はにっこりと笑った

やがて悪者三人を睨みつけて――



「翔瑠も晃司も、私が護る」




そう、はっきりと言い切った



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