HERO GIRL

□私と担任と不祥事
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「…お前、俺が犯人だとか思わないのか?」
「は? 先生ってば、本当に不祥事を起こしたいんですか」
「んな訳ねぇだろ――こんなにお前が映った写真を俺は持ってるんだぞ?」
「確かに――よく集めましたねぇ」





床に座り込んで、一枚一枚写真を眺めるその姿を後ろから見つめて、まずます眉を顰めた





「でもこれって、先生の机の中に在ったのを持って帰ってきた分でしょ?」
「知ってたのか」
「先日、部下の人に会ってそう言ってましたから」




そう言えば、事情聴取みたいなのをされて話した気がする
その時に担当した刑事が、あの若い奴だった
今度会う時は酒の席で――とか思っていたけど、まさかこんな形で再会するとは…


いや、それよりもこいつは――危機感と言うものがないのだろうか




「たった一人で来やがって…」
「流石に美怜ちゃん達も巻き込む訳にはいかないですよー。事情も知らないのに」

「…馬鹿か。男の部屋にのこのこ来るんじゃねぇ」




思わずそんな言葉が漏れていた

別に彼女に対して特別な好意を抱いている訳じゃない
本当に、口から出た言葉だった

だってそうだろう?
先生と生徒とは言え、一応男と女だから

しかも彼女は無防備にも此方に背中を向けている
写真を見る事に集中しているのか、返事も生返事だ




「はーい」
「本当に解ってんのか。何をするか解らないぞ…?」




背を向けている相手に不意を突くことなんて簡単だ
それが格闘技長けている彼女であっても、道理が行く
所詮、男と女だから――


すると、今まで写真に目を向けていた彼女が此方を振り返った
その眼は一瞬だけ鋭く細められたものの、直ぐにふにゃりとまたあの笑いを見せる




「先生。心まで暗くなってませんか? きっとお腹空いてるんですよー」
「…」
「さっきのパン、全部食べ終わらないと駄目ですからね。じゃないと腹パン食らわしますよ。パンだけに」
「…おう」




誰がうまい事を言えと――
だけど、余りにもにっこりと笑うものだから、肩透かしを食らった


そう言えば、朝から何も食べていない
急に襲ってきた空腹に抗えず、仕方がなくパンを一つ頬張った

あと腹パンを喰らうのは嫌だ
絶対に一発で気絶する自信があるから




「さっきの話ですけど」
「あ?」
「先生が犯人とか思ってないです。私、信じてますから」
「お前――…」
「それと、先生が本当に間違いを犯した時は、容赦なく蹴りを喰らわせて速攻で父を呼びますね」





余りも簡単に言われたその言葉に、先程まで抱いていた邪な気持ちが、スパッと切り裂かれた気分だった

…というか、そういう風に思っていた自分がちょっと怖い
生徒に手を出すとか、やっちゃいけないことだ
本当に不祥事を出す気か、俺は――


むぐむぐとパンを頬張って、彼女を見下ろす
立ち食いはお行儀悪いですよーとか言われたけれど、蕎麦だって立ち食いするだろ?
あれと一緒だ、だからいいんだ。俺の部屋だし





「わー。回し蹴りの写真なんてベストショットだ。おっふ、地味にパンツ見えてる…」
「さっきから何してるんだ、お前…」
「いや、写真を一枚一枚見てるんですけどねー。まだじっくりと見たことなかったし」
「…」




パンを一つ食べ終えたところで、少しだけ腹が満たされたのか思考も言動も回復したと思う
冷静に事を分析する力が取り戻せたようだ

…とりあえず、こいつは自分が映った幾枚もの写真を嬉々として見ている
其処には悲観や絶望もない…むしろ面白がっている節がある




「先生の机にあった写真って、これで全部ですか?」
「先日の写真以外ならそれで全部だ」




それを聞くと、彼女は『なるほど』と小さく呟く
何か考えている素振りが、まるで警察か探偵のようだった
父親が刑事だとやっぱり似るんだろうか





「何か気になる事でも?」
「いや全然。良く撮れてるなーぐらいにしか」
「…さっきの考える様子は何だったんだか」
「この写真を撮った人は、よほど私が好きなんですかねぇ。うちのお父さんぐらいかと思いましたよ。こんな馬鹿」





自分の父親をこうもあっさりと馬鹿者扱いするなんて、こいつしか出来ないんじゃないだろうか





「って、お前の親父さん? あのイケメンの――?」
「昔は『休日モード』ともなればスマホ片手に写真撮ってましたよ。時にプリントしたり引き伸ばして家に飾ったり――流石にお母さんに怒られてからは自重しましたけど」
「何それ怖い」




あと『休日モード』ってなに
お前の親父さんてなんなの?




「ちなみに父によれば、盗撮の犯人は別にいるそうです」
「え。捜査情報漏らしていいの?」
「家に居る時なら適当に肩叩きでもしてやれば、泣きながら簡単に喋ってくれます」
「それは…ちょっとヤバいんじゃないか?」




一応親父さん、警察の人間なんだし
家族とは言え民間人に情報の漏洩なんて、不味いんじゃないだろうか

あと、泣きながらってことは――相当痛いのかな、こいつの肩叩き




「先生にはぜひ知っていてもらわないと困りますから」
「まあなぁ…俺だって一応被害者だし?」
「はい。あと――ショックを受けてほしくないんで」
「???」




その言葉の意味は、ちょっとよく解らなかった


聞き返そうと思えば出来たけれど、それをしなかったのは――



ポン♪




聞こえてきた電子機器の音に目を向ける
それが自分のスマホだと解ったのは、真っ暗だったはずの画面に表示される着信通知

宛先は、知らない人物だ
同やら画像が送られてきたらしく、何気なくそれを見てみると――




「…っ!」




…心臓が跳ねるのが解った

思わず手にしたスマホを撮り落としそうになった




「先生?」




聞こえてくる声を余所に、一気に玄関までダッシュする
勢い付けて開けたドアの先には誰もいない
辺りを見渡しても、それは同じだった


ジワリ、嫌な汗が全身を襲う
走ったせいか、呼吸も乱れていた


それくらいに、動揺しているのが解る――




「先生?」




声は後ろからゆっくりと近づいて来た
今度はそれに答える余裕もあった




「…お前、此処に来るまでに怪しい奴見たか?」
「いいえ」




彼女は答えを本当にきっぱりと言い切った





「じゃあ、此処に来ることを誰かに言ったか?」
「言いましたよ」
「誰だっ」




思わず語気強くなったが、彼女は平然とその名を口にした




「副担の先生です」
「え…」
「先生の住所を聞いたのって、副担の先生なんですよ」




――平穏な日常が、ガラガラと音を立てて崩れるのを感じた


否、音を立てたのは自身のスマホだったのかもしれない
するりと手から落ちたそれは、共同通路の上でカシャンと響く


其処に映っていたのは、つい先程の光景


彼女がこの部屋に入っていく姿だった




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