HERO GIRL

□彼が彼女に変わる時
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――担任が自宅謹慎となって早くも数日が過ぎた

副担の彼女は担任代理として教壇に立つ姿も、そろそろ慣れてきた頃である
担任に何が遭ったのかは定かではないけれど、生徒たちの間では決して良い雰囲気ではない事を感じていた




「それじゃあ、今日のHRは此処までとします…」




いつも通りの小さなか細い声で、彼女は教室を見渡した
生徒の号令を合図に散開する生徒達
クラス内でサヨナラの声が行き交う中で、副担の彼女はそれをにこやかに見ていた

生徒達がいなくなった後の教室で、最後の掃除をするのが彼女の日課だった
綺麗好きなのだろうか、黒板を隅から隅まで完璧なまでに磨き、掃除している姿を何度か見かけたことがある

教室の床も窓もピカピカに仕上げる頃には、夕陽も少しだけ傾いていた

教室に伸びる人影は満足そうに教室内を見渡す

そして廊下には三つの影が延びていた




「綺麗好きなんですか?」
「…! 吃驚したわ…名無しさん?」
「あぁ、すみません。驚かせるつもりはなかったんです」




教室にひょっこりと顔を出したら、本当に驚かしてしまったようで、頭を下げる
その人は本当に驚いた様子を見せていたのだが、直ぐに平静を取り戻したようだ




「どうしたの。忘れ物かしら?」
「はい。そんなところです」




自分の机に回ると、副担は思い出したようにくすりと笑った




「今日もちゃんと授業に集中していましたね…」
「教科担当が担任から副担に変わっただけであの集中力――自分でも凄いと思います!」
「くすくす…それならこれからも集中して、授業を聞いてくれると言う事ですね…」
「いいえ。これからは…また逆戻りです」
「…え?」
「担任はまた戻ってきますから――近い内に」




はっきりとそう告げれば、副担はきょとんとした




「戻ってくる? そんな事ないわ。だって彼は貴女を盗撮した犯人なのよ…?」
「私はそう思わないんですよねぇ…勘ですけど」
「…自身が被害に遭っているって言うのに?」
「そう言う自覚がないので。すみません」




お返しにてへっと笑って見せる
面を喰らったような顔は初めてだったが、直ぐにいつもの冷静な担任の姿があった

それからその人は――本当に面白可笑しく笑っていた




「ふふっ…貴女って本当に面白い人」
「それはどうも」
「でもね。そう簡単に人を信じては駄目よ。特に担任の先生は男の人だから――あぁ、あの日は先生の家に行ったそうだけど…」
「はい、住所を教えてくれてありがとうございました」




深々と頭を下げると、副担は気にしないでと首を振る




「大丈夫? その…何もされなかった?」
「何かって?」
「…盗撮なんてした人の家に一人で行くなんて、本当は止めたかったのだけど――」
「無理に私が行くって言ったんですよね。大丈夫でした、何もありませんでした」




副担の先生はホッと息を吐く
一生徒の為にこれほど親身になってくれる人は、副担以外にあまり居ないと思う

それくらいに優しい先生だった――私ではなく、第三者の眼から見ればだが




「…ところで随分と担任を悪いように言いますね?」
「だって、あの人は…」
「盗撮犯だからですか?」
「そうよ…。貴女の言うワルなのよ。だって机の中にあんなにも大量に写真を――」




少しだけ震えた寮の手が胸の前で組まれる
カタカタと今にもそんな震えた音が耳に届きそうだ

生憎、自分と副担の距離は教室の端から端なので、本当に届きはしないが





「担任はワルじゃないですよ」
「どうして…」
「むしろ誰かに騙された節がありますし、何より犯人じゃないと、私が信じていますから」
「…っ」




副担が小さく息を呑んだ気がした




「それにほら。カメラとか苦手らしいし…」
「…そんなもの、嘘かもしれませんよ」

「えぇ。でも学園祭の時、あの人スマホを私に向けようとして、シャッター部分を指で塞いでいたんですよ? そんな人があんなに綺麗に被写体を捉えられますかね」

「それは――」

「あの写真は的確に『私』を捉えていました。動画の『地味子ちゃん』だって、編集は――その手のプロやファンの眼でも、素晴らしいと絶賛するほど。…あの担任にそんな技術があるとは到底思えません。だってあの人、馬鹿だもの」




あの面白い喋り方をする人、本当に捕まったのかな?
その後は気になるけれど、盗撮はいけないよね、うん

ガタンと音がしたけれど、気にしないでおこう
副担も気にしてないし――というか、何かずっと考えているみたいだし、いいか




「『地味子ちゃん』…話には聞いています」
「私は盗撮犯と『地味子ちゃん』の件は同じ人じゃないかって考えているんですよ。勿論担任以外のね」

「…あくまで名無しさんの想像でしょう?」
「はい」
「そんな。担任以外だなんて…ありえません」




おや、と首を傾げる
そう言うからには、確固たる証拠でもあるのだろうか




「どうしてそう思うんですか?」
「だって――あの人は貴女をただの生徒として見ていなかったもの。女性の私から見てもそれは…本当に厭らしい人でした」

「おっふ。それが本当なら最低の糞教師ですね」
「えぇ、本当に」




副担はコクンと頷く
其処だけは同意してしまったが…まあいい




「教師として、人として、最低なことです…!」
「――そして、自分のやったことを認めようとしない奴も最低ですね」
「えぇ、本当に」








くすくすくす…




小さく肩を揺らして、彼女は笑っていた
何がそんなに可笑しいと言うのだろう
今の会話の流れで、何処が――




「名無しさん…」
「はい?」
「貴女はあの人に対して、被害届をまだ出していないそうですね」
「えぇ、それが?」
「…今からでも遅くはありません。警察に行って届を出しましょう。きっとすぐに捕まえてくれるはずです」




だが、その言葉とは裏腹に返ってきたのは――




「そうして、担任は見事に逮捕されました。めでたしめでたし…ですか?」
「でも、早く捕まえないと逃げてしまいます…っ」
「その時は、指名手配犯にでもしてくれるんじゃないですかね。盗撮容疑でそうなるとは思えませんけど――」




…でも、と彼女は其処で言葉を切った





「指名手配犯は全力で捕まえます。何処に居ても…必ず」
「貴女が…?」
「そんなまさか。其処は正義の味方にお任せしますよ?」




――正義の味方




「警察…そんなものは頼りになりません」
「そうですかね。今じゃ電話一つで来てくれるくらいです。意外と優秀ですよ」
「ふふ…まるで男を足代わりにするようだわ」




貴女はそんな人じゃないのに…


もっと控えめで

もっと優しくて

もっと――素敵な人


それは私が一番よく知っている事…




「先生」
「はい…?」
「私、知ってますよ。…先生の秘密」




静かに告げられたその言葉が、




まるで死刑台に登るまでの




カウントダウンのようだ――





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