HERO GIRL

□私と新入生と嵐の転校生
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「地味子ちゃん、今日は遅かったね?」
「うん、ちょっと人助けしてた」
「人助け?」
「何か森永が知らない人に絡まれてて、ちょっと相手してたら遅れたの」
「えっ、そうなの?」




蛍介が森永に聞いてみるものの、彼はバツが悪そうに俯いたままだった




「誰だったの?」
「そう言えば、あのお兄さん誰だったんだろう」
「知らない人だったの!?」
「学生さんだとは思うんだけどねぇ。森永、知ってる?」
「し、ししし知らない!! ホントにホントさ!」
「…知ってる人の反応だよね、それ」




森永の異常なまでに否定する姿に、私も蛍介も苦笑するしかなかった
理由はどうあれ、遅刻は遅刻なので担任も大目に見てくれることはない

はぁ、流石に二年生ともなれば、落ち着けとまで言われてしまった
私、結構落ち着いている方だと思うんだけどなぁ

三人でそんな会話をしていると、目的地へと着いた
学食も今は多くの人で賑わっている

中でも私が大好きなパンを売っている売店は、人でいっぱいだった
この光景は、毎日変わらない




「今日も売店混んでるね」
「ほ、本当に行くの?」
「うん。あの猛者を倒してこそ、手に入れられるパンがあるんだ!」
「…ぼ、僕たちは普通にあっちで注文しようか、森永」




蛍介と森永は、学食の注文口で食券を買うようだ
普段からお昼にパンを食べる私にしてみれば、この売店はまるでお宝の山だと表現する

特に今日は、限定の幻パンが発売される日だから外せない
既に売店には人垣が出来ているが、何のその――私は戦う!




「将軍! 待ってくれ将軍!」
「…転校早々、うるせぇのがくっついてきやがるぜ」
「将軍、何食べる!? 俺が持ってくるから。何でも言ってくれよ!」

「…腹に溜まるやつだ。10秒でもってこい」
「せ、せめて1分で…!!! い、いや、行ってきます!」




煩いのが居なくなったおかげで、漸く一息吐ける
朝は変な女に会うし、さっきは男子便所でグラサン男に因縁つけられるし…
ありゃ、なんだ。結局素顔を見せなかったな

…にしても腹が減った

あいつ、この俺を待たせていいと思ってんのか――




「幻パンゲットぉおおおお!!!!」
「…っ!?」
「おおっ。これは超激レアじゃない。並んだ甲斐あったなぁ!」



――いや、並んでないよね!

――寧ろ誰よりも先に最前列まで行って、お金を払って来ただけだ!!



歓喜する一人の女子生徒に、周囲のギャラリーは誰もがそう思っていた
彼女がこの売店に於いての『幻パン争奪戦』覇者であり、滅多な事がない限りは勝利し続けている




「他にもパンが買えたし、何も言う事ないよね!」

「あれ、全部食うのか?」
「両手に華じゃねぇよ。パンだぞあれ」
「もう争奪戦に命を懸けてるよな、あの子」

「あぁ? …あいつ!」




それが今朝の女と解ったのは、珍しく自分がその顔を憶えていたからだった
座っていた椅子から重い腰を上げて、女の元へ歩んでいく
嬉しそうにパンを抱き締めているからかロクに前を見ていないようだ


このままいけばぶつかるだろう
女との体格差を考えれば、明らかにこっちの方が有利だった

丁度いい、今朝の礼をさせてもらうとしよう




「どれから食べようかな。あ、そう言えば蛍介達は何処に――」
「おい」
「うん?」




目の前に大きく聳え立つ壁
こんな所に壁なんて――あ、これは人か
見上げると、今朝見たお兄さんの姿があった




「あれれ、お兄さん。同じ学校の人だったんだね」
「今朝の礼をしに来たぜ」
「礼? いいよ。お礼を言われるようなことしてないし」
「その礼じゃねぇ!!」
「何でそんなにカリカリしてるの。もしかしてお腹空いた? はい」




仕方がないから私がパンを恵んであげるよ
で、でも…幻パンは絶対にあげないからねっ




「いらねーよ!」
「あ」




――バシッ


差し出されたパンが、ボトリと地に落ちる
一応外装はフィルムで巻かれているけれど、その形は少しだけ変形してしまった
パンは柔らかいものだから、丁寧に扱わなきゃいけないよね




「…お兄さん、食べ物は大切にしないと」
「あぁ?」

「何だ?」
「どうした?」
「あの女子高生が転校生と揉めてるみたいだ!」




学食内のざわつきも、徐々に注目をこちらに集め始めているようだ
そんな事はどうでもよくて、今はただパンを拾い上げる
よかった、まだ食べられそうだ




「はい」
「てめーに耳は付いてんのか?」
「お腹空いてるからカリカリするんだよ。それに此処のパン美味しいんだ」




それは自他ともに認めるほどだ
さっき落ちたのとは別のをあげるから、一度食べてみるといいよ

ニコニコと笑って差し出す姿に、彼は少しだけ戸惑っていた




「…美味いのかよ」
「もしかしてお兄さん、此処のパンを食べたことない?」
「ちっ。俺は転校してきたばかりだ」
「なるほどー! だからか!」




だからどうした
パンは受け取ってやったんだ
早く俺と戦えよ




「お兄さん、学校を案内してあげるよ」
「は?」
「ちなみにどこの学科? 何年生?」
「…何だこいつ」




今朝と同様、変な女だと思った
女子は皆、俺と言う存在から疎遠していると言うのに

それに明らかに注目され始めている現状に、少しだけ面倒臭くなって来た




「転校生が『地味子ちゃん』に絡んでるぞ」
「マジか。バスコが黙ってないんじゃないか?」
「おい、バスコや翔瑠は何処だよ?」
「まだ来てないみたいだ――」
「『地味子ちゃん』、大丈夫かなー」




どうやら、注目されているのは転校生だからと言う訳ではないらしい




「…『地味子ちゃん』?」
「あ、それ。私の黒歴史」
「は?」
「ううん、こっちの話。ちなみに私の名前は名無し 地味子。地味子ちゃんじゃないよ」
「名無し 地味子…」




聞いた名を口の中で呟く
この女、俺のこの大きな身体を見ても物怖じしないなんて――馬鹿なのか?

朝はこいつの速い動きに翻弄されちまったが、何て事ないただの女だ
一度捉えてしまえばこっちのもんだし、ちょっと油断しただけだ

それに、俺は相手が女だろうがマジで容赦しねぇ…

拳をぎゅっと握り締める




「お兄さんの名前は?」
「…今西だ」
「今西ね。よろしくー」




笑顔で手を差し伸べる女――名無し 地味子
本来ならその顔面に一発、挨拶代わりにぶち込むのが俺の礼儀だ

痛みに泣き叫ぶのが先か、周囲の悲鳴が響き渡るのが先か――




「…ふんっ!」
「おっと…違うよ今西。私は握手がしたいんだけど?」
「が、顔面を狙ってたよな、今…!」
「あいつ…っ。女相手でも容赦ねぇのか!?」
「マジでやばいぞ!? 誰かバスコを呼んで来い!!」




周囲のギャラリーの声が煩くなって来た
何だバスコって、人の名前か?
此奴が殴られそうになると呼ぶってなんでだよ?

つーか、この女…俺の拳を完全に見切りやがった!?




「しょ、将軍! 負けるな将軍!」




…煩い奴が帰って来た

予定よりも一分以上遅れてるじゃねぇか
しかもそれ麺類だろ、伸びてたら…解ってんな?





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