HERO GIRL

□私とカフェとくまさん
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店内の一角で流星と瑞希が楽しそうに笑って居るのを横目に、俺の仕事はますます忙しくなっていた
オーダーを聞き入れてケーキを用意して、またオーダーを聞いて…なかなか一人では全てに手が回らない
猫の手も借りたいほどだ

其処のネコミミ店員、客と話してないで早くケーキを持っていけ
これはその客のオーダーしたやつだろうが!




「大変、翔瑠君」
「どうしたんすか?」
「外で着ぐるみを着ていたバイトの子が、倒れちゃったのよ」




そう言ったのは、このカフェの店長だった
どうやら外で着ぐるみを着ていた新人が、暑さにバテてしまったらしい




「大丈夫なんですか、あいつ」
「今は休憩室で休んでもらってるけど、新人だから俺はやるって聞かないのよ」
「はぁ…それでぶっ倒れてたら世話ないっすね」




最近入ったばかりの新人は、やる気はあるようで勤務態度もまあまあいい
まあまあと言うのは、その見た目や言動がちょっとチャラい部分があるが故なのだが――

まあ、そこは割愛するとしよう

倒れたと聞いてはいたが、休めるときに休んでもらいたい
そして出来る事ならば、今度はカウンターを手伝って欲しい




「でも困ったわね。これじゃ外での客引きが出来ないわ」




店内は超がつくほどの大盛況で、席に座れずに待っているお客も多い
更には店の外まで軽く行列が出来ていて、これ以上の客引きもクソもないと思った

ふと店長の眼が俺に向けられていることに気付く
上から下まで見られている気がして、何だか品定めされてるみたいだ




「うーん…」
「な、なんすか?」
「…うん。新人君よりちょっと背は足りないけど、翔瑠君ならイケるでしょう!」
「え?」
「代わりに客引き、よろしくね?」
「マジっすか?」



ウィンクまでされてしまった俺は、一体どうしたらいいんだろうか
というか、俺が客引きに入ったらカウンターはどうなるんだ




「いや、でも、カウンター…」
「あぁ。フロアの女の子たちを数人回すわ。その方がもっと落とすでしょ、お金」
「お金ってはっきり言いましたね」
「うふふふふ」



…やっぱり女って怖い。特にこの店長が

確かに男がやるよりは、女の方が何かと都合がいい部分もある
それが解っているのか、カウンターに女の店員が入った途端、客単価が一気に上がった
ますます忙しくなる店内に、外で客引きなんかしている場合じゃないと思う

女の子が皿を割り、別の子はドリンクを間違えた
ケーキの在庫はそっちじゃないぞ
あああっ。お釣り! きちんと確認してから渡せ!


…駄目だ、見てられない



「あの、俺もこっちに入りますよ。忙しいんだし」

「あれくらい出来なきゃ、あの子達も成長しないのよ。翔瑠君は何時も頑張ってくれてるけど、あの子達もカウンターに入らないとね」

「…まあ、そうですけど」




店長の言い分も最もだった
何もこんなイベントの時に、スパルタでやらせなくてもいいと思うけどな…

店長の愛のムチって奴だろう




「じゃあ、これが着ぐるみね。その格好だと暑いから、ラフな服装で入りなさい」
「…これを俺が着るんですか?」
「勿論!」



遊園地にあったくまさんの着ぐるみを思い出した
暑い中頑張るなと遠目に見ていた事が、自分の身に降りかかるとは思いもよらない

絶対暑いに決まってる!




「あー。ほら、俺もくま耳付けてるし、この格好のままでも客引きってできるんじゃ…」

「翔瑠君、その格好を学校の友達とかに、見られたくないんでしょ?」

「えっ。いや…そんなことないっすよ?」
「こっちを見て言いなさい?」




店長がにっこりと微笑んだが、俺にはその顔を直視出来ない
どうにかして着ぐるみを回避しようと頑張ったが、結局俺の方が折れるしかなかった

口の美味い店長に逆らうなんて、誰も出来ない事だからな




「よろしくね。翔瑠君!」
「…うぃっす」




…これも店長の愛のムチなんだろうか

そんな訳で、カフェの前には一人の…いや、一匹の?くまさんが立っている
手にはイベントの概要をまとめた宣伝チラシの束
そして、同じく宣伝を模したT字型の巨大看板を持っている
正直この看板は邪魔だった

これは必要なんだろうか
せめてチラシか看板のどちらかにして欲しい
看板は持っていると言うか、腕で支えているだけに近いからな


おまけに春先とは言え、着ぐるみの中はとても暑く蒸し風呂状態
早くもダラダラと汗を掻き始めていた




「…バイトが倒れるのも無理ねぇな」

「ママ―。くまさんがしゃべったー」
「あらあら、本当に?」
「えっ、くれるの? …わーっ。美味しそうなケーキがいっぱいだよ、ママ!」

「じゃあ並んでみましょうか。え、お持ち帰り用なら列はあっち? あら空いてるわね」



危ない、これを着ている以上はおいそれと喋る訳にはいかない
着ぐるみは喋る事がNGと言うのは暗黙の了解だ
勿論全てがそうとは限らないだろうが、俺もそれに何となく従っていた

それにしても、喋らずにジェスチャーだけで意思を表現するのは、なかなか難しい




「あっ。さっきのくまさんだよ!」
「ホントだー!」

「「くまさーん!!」」




幼稚園児の群れが現れた!

くまさんは逃げられない!



何処からともなく現れた数人の子供達が、あっという間に俺の周りを囲んだ
さっきのって、バイトが入っていた時もこの子たちは来たんだろうか
そしていろんな方向から俺はぎゅーっと抱き締められている
正直、身動きが取れない




「くまさんっ。さっきのもういっかいやってー!」
「やってやってー!」
「?」




…さっきのって何だ?




「たのしい踊りとかおもしろい動きとか、いっぱいしてたじゃんかー」
「わすれちゃったのー?」
「その場でバク宙もしてたよね!」

「並んでいるお客さんを楽しませてたよねっ」




…何してんだあいつは

もしかして、そんなパフォーマンスみたいなことをしてたからバテたんじゃ…?



「「ねーねー。くまさーん!」」



子供達はそれと同じ事を強要してきた
おいおい、俺にそれをやれってか?
しかもこんな格好で?

…危険しか感じられないんだけどな?

しかも他にも人が見ている前でなんて…




「もしかして出来ないのー?」
「!」
「きっとそうだよっ。さっきのくまさんとはまた別のくまさんなんだね!」
「そっかー。このくまさんはできないやつなのかー」
「さっきのくまさんはどこー?」



てめぇら、言わせておけば…っと、落ち着け、俺
相手は子供だ

俺はお前達より大人だから、此処はそう、我慢だ我慢―…




「とべないくまさんは、ただのくまさんだね」
「ぷぷっ!」
「あのくまさんよんできてよー!」



――ブチッ




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