HERO GIRL

□私とコンビニとお客様は○○
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「地味子ちゃん。このポスターを新しいのに差し替えてくれないかな」
「いいですよー!」



店長の頼みごとに笑顔で答えると、ポスターを受け取る
それは凶悪な指名手配犯の顔写真を一覧に連ねたポスターだった
今も同じ物を貼っているけれど、今回のはちょっと知らない顔も映っている
顔と氏名、罪状と言った情報を、私はバイト時間に全て憶えてしまったから、間違いない

普段は人の顔や名前を覚えるのが苦手なんだけど、ワルが絡むとどうも脳が活発になるみたいだ
何これ不思議脳?




「あぁ、またこんなにワルが増えて…お父さんもしっかりしてほしいよね」
「警察ではなく、お父さんに文句を言うのかい?」

「だって検挙率ナンバーワンって事は、お父さんが筆頭でワルを捕まえてるって事でしょ。それなのにまた新たなワルが増えていると言う事は――うん、仕事してないな。お父さん」

「ここ数日帰って来てないって言ってなかったかな? 忙しいんだよ、彼も」

「ふーん。あ、前のポスターは破棄していいですよね?」

「う、うん。よろしく頼むよ」




父親が忙しいと言う件は、彼女の中でどうでもいい部類に振り分けられたらしい
可哀想なお父さんだと、店長はこっそり同情した




「よいしょっと…」



ポスターを剥がそうと手を伸ばして、目に付いたあの人の顔
お父さんがペンで髪を伸ばしたら、副担任だと気づかされたんだっけ

もう一人、思い出したくもない男の姿が目についたけれど、特にいい思い出がないのでさっさと剥がすとしよう――




「…!?」



…吃驚した

ポスターを剥がした途端、窓ガラスの向こうに黒いパーカーを着た人が居たからだ
しかも割と近くに居た
中を覗いていたんじゃないかってくらいに近かった

フードを目深に被っていて、至近距離で目が合ったと思う

だからこそ、本当に驚いた
ホラーかと思った!



って、あれ?

よく見たらこの人――…




「…」



その人は、一瞬だけ驚いた顔をしたものの、直ぐに顔を背けて立ち去ってしまった
ただの通行人と言うのならば、適当に会釈をして作業に戻ればいい

でも、私の身体は直ぐに店の外へと走り出していた




「すみません、ちょっと出ます!」
「地味子ちゃん!?」




店長の声が聞こえたけれど、今はそれどころじゃなかった
走ればすぐに追いつけると思ったその影は、意外にも足早で道を抜けていく

向かってくる人の流れに逆らい、時に阻まれながら、私は必死にその黒いパーカーを追いかけた




「ま、待って下さい!」



漸く声を上げたのは、コンビニから少し離れた住宅街だった
黒いパーカーの人はぴたりと足を止めてくれたが、此方を振り返ってはくれない
それでも私はその背中に言葉を投げかける



「…えぇと。なんて言っていいか解らないけど」




「…」





「お帰りなさい、でいいのかな?」




「…っ」



ひゅっと小さく、息を呑む音がした



「私に会いに来てくれたんですか?」



思わずそんな事を口走っていたが、よく考えたらそんな訳ないのかも?
たまたま通りかかったって事もあり得るし、ポスターを剥がしたら本物が其処に居たなんて偶然、早々あるはずがない

…あれ、それじゃあ結局、会いに来たって事でいいのかな?


するとその人は僅かに此方を見て、今一度目深にフードを被り直す




「…君のお父さんが、一目見るだけならと許してくれた」




か細いが、しっかりとした『男声』で、彼はそう言った




「会う事は禁じられてるんだ」
「そうですか…あっ。でも今は私が会いに来たので、気にしないでくださいっ」



呼び止めたのは私、追いかけたのも私だ
それなら禁止条例には引っかからないよね、たぶん




「…」




彼もどう反応していいのか解らないのだろう
暫しの沈黙があった、お互いに

しかし私も、呼び留めた以上何か話さないと…



「近況報告。私は元気です!」
「…?」

「担任も元気ですよ。二年生になったんですけど、また担任が同じなの。もう授業中に寝てても起こされなくなっちゃった。酷いですよね」




二年生に上がって新たな一年が始まる、と思ったのも束の間
担任は一年の時と全く変わらなくて、本当に自分が二年生になったのか不安になる
何度もクラスを確かめたが、間違いなく私は二年生になっていた

授業中はいつも居眠りが通常運転で、とうとう先生は私を起こさなくなった
あとで困るのはお前だとニヤニヤしていたあの顔を、私は何度引っ叩きたいと思った事か…!



「…ふふ」



相変わらず此方を振り返る事はないけれど、彼は確かに笑っていた

良かった、と思わずこちらの方がにっこりと笑顔になる



「新学年に上がったら教員の席替えってのがあるみたいなんですけど、先生の場所だけそのままなの。本人は楽でいいって言ってたけど、あれってきっと虐められてるんじゃないかな。それに、隣はやっぱり空席だし――…」




言いかけて、はっと言葉を飲み込んだ
でも次の言葉は、直ぐに口を突いて出てくる




「…うちのクラスだけなんですよ。副担任が居ないのって」




それを言って何になるのか
今の彼には関係のない事だ

私だって十分解っている


恐る恐る彼の様子を伺が、相変わらずフードを目深被ってて、表情が読み取れない




「近況報告はそれくらいかな。先生の面白い話、もっと聞かせたかったんですけど、よく考えたら今、ゆっくりしてられないので」



自分がバイト中だと言う事を、制服で思い出した
語りたい先生のおもしろ話が沢山あるんだけど、全てを語りつくせるかとても心配だ

時間が足りなさ過ぎて困る
それに彼をずっと引き止めるのも申し訳ない




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