HERO GIRL

□ノートとカレーとお袋の味
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「いいお母さんだね」
「そう? 口煩いだけだよ」
「でも、蛍ちゃんもお母さんが好きでしょ?」
「ま、まあね」



少しだけ照れた様に、僕は笑う
母ちゃんを好きだなんて、僕は別にマザコンではない…と思う
女手一つ、僕をここまで育てて来てくれた母ちゃんには、感謝こそすれど嫌いになる事はない、それだけだ

そんな事を考えていると、地味子ちゃんがにやにやと笑って居た



「ふふっ。赤くなってるー!」
「そ、そんな事ないよっ!? 普通だよ!?」
「慌てるところがますます怪しいー!」



怪しいって何!?



「地味子ちゃんだって、お父さんとお母さんは好きでしょ?」
「うん、好きだよー。あ、お父さんは普通」
「えっと。とにかくそう言う感じだからっ」



何気にお父さんが普通とか言っていたけれど、地味子ちゃんらしいと思う



「いつもご両親は家に居ないの?」
「いつもって訳じゃないけど、連日家を空ける事はあるかな。二人とも忙しいから」
「お父さんは刑事さんだもんね。それじゃお母さんは?」
「んー、何だろう、今は専業主婦ではないと思うんだけどなぁ」



そう言った彼女は、うんうんと唸っていた
随分と考えているみたいだ



「今はって?」

「何かいろんな仕事をしているみたいなんだけど、よく解らないんだよねぇ。お父さんは女スパイとか言ってた時もあったし、何者なんだろうねお母さんって」

「ど、どんな人なんだろう、地味子ちゃんのお母さんって」




僕はお父さんには会った事があるけれど、お母さんにはまだ会った事がない
地味子ちゃん曰く、美人でやり手のキャリアウーマン風らしいけれど、怒ると物凄く怖いそうだ
それはもう鬼のような形相

地味子ちゃんのみならず、あのお父さんまでもが、手足地面に額まで擦りつける程らしい
なるほど、納得である



「じゃあ、ご飯はいつも一人で作って食べてるの?」

「うん。一昨日はまたハンバーグを作ったんだけど、焦がして大失敗。昨日は出来そうにもない煮物に挑戦して…はは、今度はお鍋を焦がしちゃった」



地味子ちゃんが照れる様子は可愛いけれど、その料理事情がとんでもない
とりあえず、火力MAXで料理をしていることは解ったよ



「一人だと寂しいよね。僕も一人暮らしだから、時々そう思うんだ」

「晃司や翔瑠が、時々家に来てくれるよ。晃司はたまに泊まってくれるの」
「へー、そうなんだ」



二人は幼馴染だから、泊まったりすると聞いてもそう驚かない
きっと地味子ちゃんが一人だから、心配なのかも



「バスコが居たら、寂しくないね!」
「でも、あんまり言てもらうと、居なくなった時に寂しいから――…今のなし」

「地味子ちゃん。バスコの事、ホントに好きなんだね」

「蛍ちゃんの馬鹿ああああ!!!」



さっきの彼女と同じように、僕はにやにやと笑った

二人は付き合ってる…で、いいのかな?
其処の所は未だによく解らない
だって、地味子ちゃんもバスコもいつも通りなんだ

朝はいつも通り筋トレをして
昼はいつも通り学校に通って
夜はいつも通りバイトしてる

休みの日には何をしているのかと聞けば、ショッピングや友達と遊ぶと言った、至って普通の答えが返ってきた
バスコとは、デートの約束すらしていないらしい
それどころか、翔瑠を含めた三人で遊んでいる



「…翔瑠はどう思ってるのかなぁ」
「何か言った?」
「ううん、何も!」
「そう? あ、家に着いたね」



本当だ
いつの間にか、地味子ちゃんの家の前まで来ていた

会話をしながら歩いていたけれど、その道のりすら楽しめていたから、時間が経つのも早い
彼女の家は灯りが点いてなくて、本当に家に誰もいないことが見て解る

僕の家よりも格段に大きな一軒家に、一人きりだ



「バスコも居ないんだね」

「あ、当たり前でしょっ。昨日泊まって行ったんだもん! 今日は居ないよっ。だから一人で寝るのっ」

「待って。一緒に寝てたりしないよね?」

「そ、そそそそんなことないですけどー?」




明らかに嘘だと解る表情に、開いた口が塞がらなかった
幼馴染って、こう言うものなのかな?

僕にはよく解らないや



「寝る前にホラー映画見ちゃってさぁ…仕方がなかったんだよ! こ、晃司は怖がりだから、…そう! 仕方がなく私が一緒に寝てあげたんだ! 蛍ちゃんなら解ってくれるよねっ!?」

「う、うん。解ったよ…」



僕は別に地味子ちゃんみたいに怖がりじゃないけど…
とにかく地味子ちゃんはかなり必死だった

怖いなら怖いって、素直に言えばいいのに…
あと、ちょっとだけバスコに同情した


やがて家の門をくぐると、地味子ちゃんが笑顔で言った




「送ってくれてありがとう!」
「ううん、気にしないで。じゃあまたバイトで…」
「あっ。ちょっと待って!」



手を振ろうとした時、不意に地味子ちゃんが呼び止めたかと思えば、いきなり鍵を開けて家の中に引っこんでしまった



「え?」



思わずポカンとしていると、家の中からは慌ただしくドタバタしている音が聞こえて来た
一つ、二つ、三つと、順々に灯りが点いていくのを眺めながら、ふと思う

…家の中、そんなに電気点ける必要あるのかな、と


まぁ、女の子一人しかいないし、家が明るくないと安心出来ないか
防犯にもなるしね



「それにしても、一体何をして――」
「お待たせ蛍ちゃん!」
「う、うん。そんな待ってないから大丈夫だよ」



家から出てきた地味子ちゃんは、小さな小鉢のような物を持っていた



「えっと…これを持って行って欲しいんだけど」



おずおずと差し出されたそれは、食品用のラップが掛けられていた
何やら黒ずんだ物体が見える気がする…

いや、気がするんじゃなくて、本当に其処にある


何これ…


ホント何これ



「えっ、何?」
「…に、煮物」
「煮物!?」



それが煮物だなんて、言われなかったら僕は解らなかったと思う
それくらいに食材の原型すら留めていなかった

最早、消し炭にしか思えないんだ
とにかく全体的に黒ずんでいるに尽きる



「そ、そんなにじっと見ないでよ。解ってるよ。煮物じゃないよね、。もうこれはダークマターだよね」
「ダークマターって何」

「卵焼きだけでなく、煮物もダークマターにしてしまうなんて…自分の才能が怖いなぁ。あはは」
「地味子ちゃん、大丈夫?」



ちょっと現実から意識が飛んでいたので、呼びかけたら戻ってきてくれた

そうか、これは煮物なのか
よく見たら、大根とか人参とか里芋とか、…うん、言われた解るかも



「でも何で煮物?」
「これ、おばさんに食べて欲しいんだ。で、その、感想を…」
「あ、そう言う事か」




夕食の席で、母ちゃんは『力になる』と言っていた
だから地味子ちゃんは早速、自分の作った煮物を食べて貰おうと思ったのだろう



「うん、いいよ」

「あ、ありがとう! お母さんはまだ帰って来ないからさ。何が駄目だったのか、聞ける人が居なくて…」




まず、火力MAXが原因だと思うな、僕は

明らかに母ちゃんの作る煮物とは違う色合いだが、そんな事は口が裂けても言えやしない

というか、気づいて



「よ、よろしくお願いしますっ」
「煮物かぁ。…これ、僕も母ちゃんと食べていいかな」
「えっ」




地味子ちゃんの手料理を、食べられる機会なんてそうそうない
見た目はアレだけど、もしかしたら味は――なんて期待をちょっとだけ持ってみたりする

外見だけで判断するなんてよくないからねっ



「べ、別にいいけど…お腹壊すよ? 絶対に!」
「(断言した…)だ、大丈夫。僕はお腹強いからっ」
「バイトでよく籠ってたのに?」
「む、昔の話だよ! 今は然程ないんだ、ホント!」



コンビニを抜け出す為に、トイレに行ってくると店を閉めていたのは、もう過去の事だ



「じゃ、じゃあ。食べる前に胃腸薬は絶対に飲んでね。あとお腹が痛くなったら痛み止めを飲んでね。あっ、明日私が薬を持って行こうか?!」

「い、いいよ。大丈夫だから…」
「ホントに? あ、それから――」
「地味子ちゃん。早く家の中に入りなよ」



僕に忠告し続けてくれるのは嬉しいけれど


君が入らないと僕も此処から離れられないって事、解ってるかなぁ?





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