HERO GIRL

□私と幼馴染と彫り師のお兄さん
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今日の施術を全て終えて、一息吐いた
窓から見える景色は、すっかり夜の闇に包まれている
さっき見た時はまだ昼間だったよな…時間が経つのは早い

早く帰って飯を食おう
それとも何処かで食べて帰るか?

そんな事を考えながら帰り支度をしていると、ドアが開閉する音がした

何だ、忘れ物か?

それとも、こんな時間に誰か――?



「えへへ。来ちゃった」
「何しに来た」
「遊びに」
「帰れ」



――其処に居たのは、見知った顔の男が二人、そして女が一人

特に彼女――地味子とは、予期せぬ再会を果たしてから、ちょくちょく此処に来る
今回は幼馴染二人を連れての来訪だった



「お客さん居ないし、いいじゃん」
「おいっ。…相変わらずだな、こいつ」
「溜息を吐いたら、幸せが逃げるって言うよね」



自然と俺は、溜息を吐いていたらしい
一体誰の所為か、こいつは解ってるのやら――いや、解ってなさそうだな




「って。お前らもか…」
「ど、どうも」
「地味子が行こうと言ったから」



こいつらとの出会いは、数年前
とある施術を頼まれた
友達の為を助けたい――その一心だった



「コーヒー入れるねー」
「何でこいつは、勝手知ったる我が家みたいな感じなんだ?」
「え。我が家みたいなものでしょ。落ち着くし」
「やめてくれ…!」



俺の職場が、平穏が侵されて行く気がする!
そう言えば、自分の担任の家でも同じような事をしてなかったか??



「大体、俺はもう帰るところだったんだ」
「そうなんだ。じゃあ皆でご飯食べに行こうよ。私、駅前の牛丼が食べたい」
「ふざけんな。直帰に決まってんだろ」
「じゃあ持ち帰って、お兄さんの家で食べようか」
「話を聞け」



俺の言葉をことごとく無視をするこいつに、怒りを覚えたのは言うまでもない

結局、彼女に押し切られるまま、駅前の牛丼屋へ来てしまった
このまま直帰しても、ついて来られるのは目に見えているので、腹を満たして早々に別れよう、そうしよう

運悪くカウンター席が全て埋まっているが、仕方がない
ほんの少しの我慢だ、俺…!

そんな俺の隣で、地味子はメニューを眺めて難しい顔をしていた



「うーん。何にしようかなー。お兄さんに奢って貰うんだし、普段食べられない物がいいよね」
「おい。誰が奢るって言った?」
「私、この前誕生日だったんですよー。お兄さんからプレゼントを待ってたのに、全然くれないんだもん」
「つーか、お前の誕生日なんか知らねぇよ」
「そんな訳で、此処はお兄さんの奢りでどうでしょう!」



どうあっても俺にたかるらしいな、こいつは…



「ちっ――とっとと選べよ」
「じゃあ、この高級特上うな重で…え、売り切れ? じゃあ並盛でいいです…」
「こいつ…!」



堂々と一杯云百円する、この店で一番お高い奴を選ぼうとしやがった!
売り切れだったことが幸いだったが、もしもあったなら俺の財布へのダメージが半端ない



「晃司も翔瑠も好きなの選んでいいってー」
「待て。お前らは自分で――」

「あ。私だけ特別ってことですか?? わぁっ。お兄さん、私の事ホントは好きだったんですねー!」



…そう言うのやめて?
お前の幼馴染、顔が怖いんだが

どっちとは言わねぇけど



「今日はね、三人で買い物に行ったんだよ」
「ほー」
「新しいジャージを買ったんだ!」
「ふーん」
「私のお気に入り!」
「そりゃよかったなー」



楽しげに話す此奴とは対照的に、俺は適当に返答を返していた
それが気に食わなかったのか、がっかりした表情であいつは言う



「お兄さん、興味ないの?」
「全く」
「うう…」
「余り地味子を虐めないでくれ」



…こいつも随分と成長したもんだ
ほんの数年でこんなにまで成長するなんて…成長期にも程がある
初めて会った時は、ひょろっとしてたのになぁ



「ははっ。地味子はからかいがあるからじゃないか?」
「翔瑠もお兄さんの味方なのー?」



そして、こっちの方も同じように、ガタいよく成長している
若いっていいね、ホント



「お前ら、また体格良くなったか?」
「毎日鍛えている。翔瑠も地味子も」
「お、おぉ…毎日地獄を見てるぜ」
「大変だな、お前も」



強くなる為に筋トレしているとは、彼女を通じて知っている
ムキムキになるんだと意気込んでいた日々から、もう数年…



「ん? お兄さんもメニュー見ますか?」



――成長したのは筋肉じゃなく、ただの女として、か



「あ、卵追加していいですか?」
「好きにしろ」
「すみません。卵お願いしまーす!」



此奴らに会うのは、本当に久しぶりだ
去年の再会を機に、特にこいつがよく俺の所に来るようになった
客が居ない時をやって来るのは、まるでタイミングを見計らったかのようだ

それからこの二人とも再会して――こうして飯まで食っている


これも何かの縁って奴か?



「…」
「俺は特盛」
「あ、俺も同じで」
「…俺は並盛でいい」



適当に注文をしたところで、一服しようと煙草を取り出す



「お兄さん、もっと食べるかと思ったのに」
「歳をとると、昔ほど食えねぇんだよ」
「まだ若いのに…」
「何だその哀れむような目」
「あ、お新香追加して下さ―い」



早いとこ帰りたいと思う

紫煙を燻らせて、本当にそう思った




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