HERO GIRL

□地味子ちゃんと偽地味子ちゃん
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「…あいつはとうとう、世界でを目指し始めたのか?」



日々の通勤を車で移動するルートには、あいつらの姿をよく見かける
つい車を止めてまでその光景を眺めるのは、彼女が自分の受け持つクラスの生徒だからだ

教師をやって随分経ち、色んな生徒を受け持って来たけれど、彼女を特に気に掛けるのは、多少なりとも縁があるからだと思う

かと言って、まだ歳若い女をどうこうするつもりはない
あ、俺もまだ若いんだった



「この暑い中、よくやるよ…」



茹だるような暑さはまだ続く
まだ梅雨入りすらしていないと言うのに、この気温は身体に堪えると、クーラーをガンガンにかけた車内でそう思う

夏はすぐそこまで来ているのだろう
気は早いが、学生は夏休みをどう過ごすかの算段を付けているようだ

せめて、学期末の試験は落とさないでくれよ
教師の俺はあいつみたいな補習の生徒を、どうしようかと計画を練るのに忙しいんだから

ちなみに去年の夏は、孤独にダラダラしているだけだった
彼女いないしな!



「夏らしい事がしたい。あー、海にでも行きてぇなぁ」

「海? いいですねっ」
「!?」



考え事をしていたせいか、いつの間にか名無しが車の傍に居た事に気付かなかった
と言うか、気配を全く感じなかった
何こいつ、忍者?

さっきまであっちで馬場を相手に、組み手をしてたはず…あれ、もう誰もいない




「おはようございます、先生」
「お、おう。おはよう」
「早いですね。今から出勤ですか?」
「あぁ…お前、良く気づいたな?」
「先生の車、ここを通るの知ってますから。憶えてました」



なるほど、俺の存在を気づいていたって訳か



「もう筋トレはいいのか?」
「そろそろ学校に行く時間なので」
「あー、そうか。もうこんな時間か。待たせちゃ悪いな」



筋トレしている姿を見ていたら、いつしか時間が経っていたようだ
遅刻とまではいかないが、俺もそろそろ行かないと



「先生、こんな朝早くから誰かと密会ですか?」
「密会って何。そう言うんじゃねぇよ。校長先生から話があるって呼ばれてるんだ」
「お爺ちゃん先生が?」



うちの学校の校長を『お爺ちゃん先生』と呼ぶのは、彼女ぐらいだ
何でも中学時代の恩師らしい
空手部の顧問をしていた人が、突然フラッと現れて、どうしてうちの学校の校長になったのやら…

あの人の経歴は不思議である
そう聞く機会もないが…なんか聞くのは怖い




「…先生、何かやらかしたの?」
「いや、そんなはずは…って、どんな目で俺を見てんだお前は」
「また不祥事を出さないようにね」
「やめてくれ…傷口を抉るな」



日々仕事の忙しさで、彼女――いや、彼を思い出す暇なんてなかった
やっと忘れられてたと思ったんだ、あの人の事を!



「まあ、何か遭っても助けてあげますから」
「生徒に助けられるってどうなの」
「困った時はお互い様ですよ?」
「はぁ…俺はもう行くから。お前も遅刻するなよ」
「はーい!」



元気よく返事をして、彼女は家路へと帰って行く
俺も急がないと…と、エンジンをかけて安全運転で学校に向かった


校長の話とは一体何だろうか
ましてや、誰よりも早く来るようになんて…人を気にしている?

誰にも聞かれたくない話…?



「不祥事なんて、そんな――はは…」



身の覚えがないのは確かだが、かつてのようにまた、誰かに罪を着せられることも考えられる
そうなると、うちの学校って怖いよな
生徒だけじゃなく、教師も

気の休まる場所すら、俺には与えられないのか?


もんもんとした考えを払拭できず、気付いたら学校へと車は滑り込んでいく


一度職員室に入って鞄を置くと、まだ誰も先生は来ていなかった
まだ早い時間だし、当たり前だ

早いところ、校長室に行こう――




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