HERO GIRL

□私とアルバイトと家族
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「お父さんは出汁をとることも知らないのよ」




母がネチネチと文句を言っている
そんなお小言を豪快に、米粒と一緒に笑い飛ばしていた…汚さが目に余る




「…ネギが繋がってる。豆腐が崩れてる」
「父さんは味噌汁なんか作ったことないぞ!」
「なぜ作ったし」
「地味子に食べてもらいたかった! 美味しいか?」
「…不味くはない」




そう言えば、父は褒められたと調子に乗っていた
食卓に並ぶご飯も、父の手が入っていると解ればいつもよりも美味しく感じられる

…決して口にはしないが




「最近学校はどう? 友達は来た?」
「う、うん。今日も一人出来た」
「勿論女の子よね?」
「…今日は男の子」
「なにぃっ!!何処の馬の骨だ!!」
「あなた食事中に騒がないで」




母親のブリザードが吹き荒れる
もう暑さが目立ち始めていると言うのに、この家だけはとても寒い

おいおいと泣く父を、母は冷めた目で見ていた




「地味子に近づく男は許さんぞ。父さんが一発殴ってやる」
「…晃司には負けると思うよ」
「晃司君そんなに強いのかっ? 最後に会ったのはこーんな小さな時だっけ」

「それって何才? 中学生の時に会ってるじゃない」




明らかに幼稚園児ぐらいの背丈を示したので、訂正してやった




「あぁ、そうだった! あの時以来か」
「…うん」
「母さんおかわり!!」
「はいはい」





断片的に出た過去の会話に、地味子はぶんぶんと頭を振った
所詮過去の事――しかし、思い出し話に花を咲かせる程でもない

忘れてはならない、身体に刻まれた記憶――




「…あ、そうだ。アルバイトしたいんだけどいいかな?」
「アルバイト?」




ご飯を山盛りにしたお茶碗を父に差し出して、母が聞いて来た
予想外の高さだが、父はがむしゃらにかきこんでいる――あ、噎せた

コップに冷たいお茶を注ぎ、そっと目の前に差し出してやる
泣きながらそれを一気に飲み干した父…必死だな、おい




「どんなバイトなの?」
「近所のコンビニ。人手が足りないからって頼まれちゃった」
「頼まれ…貴女、それでOKしたの?」
「ううん。親に聞いてからってことでまだ返事はしてないの」




あ、煮物美味しい…
お母さんはやはり料理上手だ




「そうねぇ…あなた、どう――したの?」




どう思う、とでも聞きたかったのだろうか
しかし父を見た途端、それは別の言葉を口にするしかなかった

ぜーぜーと息を切らし、ダンッと力強くコップを叩き付ける
どうやら九死に一生を得たようだ、食卓で死ぬなんてとんでもない




「…死ぬかと思った」
「地味子がバイトをしたいそうよ」
「あれ、そんなに心配されてない???」




父、ショック!と落ち込まれた
何でもいいが、食事中に騒ぐのはやめよう




「というか、何か欲しい物でもあるのか? お小遣いじゃ足りないのか? 父さんが買ってあげよう! 何が欲しい?」
「何も」
「えぇっ!?」
「この子ったら、お小遣い貰っても殆ど貯金しているのよ。物欲がないのか、無関心なのか…」




母が溜息交じりに言うので、地味子は苦笑いをした




「だって欲しい物ないんだもん」
「それなのにバイトするのかっ!? 何の為に?」
「いや…頼まれたから?」
「良い子に育ってくれて父さん嬉しい…!!」




ぶわぁっと泣き崩れ彼に、地味子はますます冷たい目を見せた






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