HERO GIRL

□私と父と幼馴染
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「はああ…疲れた」




重苦しい溜息を吐いて、脱力する
ようやく長い一日が終わった――既に夜が明けているが、まあいい

地獄のような日々が漸く一区切りつき、数日ぶりの我が家である
大分草臥れた様子のその男は、仕事モードとも休日モードともつかないどボロボロ外見だ


完徹は当たり前、疲れなんて取れない、呼び出しがあれば何処へでも応援に行き、悪い奴を捕まるその姿は、まるで正義の味方だと自負している
昔から娘もヒーローに憧れているので、それだけが唯一の尊敬される部分だったりする

…父としてはちょっと悲しいけど


お蔭で家に帰る暇もなく、妻が持たせてくれた着替えも全部汚れていた
お風呂なんて入る余裕もない…せっかくのイケメンが台無しだと泣きたい


まだ寝ているだろう娘を起こさないように、玄関の扉をそっと開ける
ちょっとした物音でもすぐに目を覚ますのは、我が娘ながら恐ろしい子…と震撼させる




「た、ただいま〜」




それでも自分が帰ってきた事を、ちょっとでも解ってほしくて、小声で言ってみる父
もしも起きないのであれば、そっと可愛い娘の寝顔を見てみようと画策して――

ふと家の中を漂う香りに気付く
これは…味噌? 味噌汁?



もしかして、帰ってくることを見越して、こんな朝早くから朝食を作ってくれているのだろうか?
何とできた妻だと、思わず号泣してしまう


――でも




「…あれ? でももう帰ってきたのかな」




聞いていた日とは随分早いと思った
少なくともあと数日、妻は帰ってこない筈…




「(え、なに、誰がこれ作ってるの!?)」




妻でないのなら一体誰が――!?
自分に不倫相手なんてない筈…
だって妻や子を愛しているから――!!と、誰も聞いていないのに自分で理由を付けては切り捨てていく
少なくとも、父関係ではない、と思う!


緊張でバクバクと心臓が跳ねる中、音を立てずに靴を脱いで廊下を歩く
目指すはリビング
自分の家なのにどうしてこうも慎重に、しかも怖がらなくてはいけないのだろうか


夫婦の寝室、トイレ、お風呂、父の書斎など、いろんな扉を通り過ぎる
そして、リビングへ繋がる扉に手をかける
誰かが居ると言うのは、誰かが料理をしている気配がするので解った

こんな朝早くに、一体誰だ――?
意を決して開けようとした時、不意に後ろで扉が開いた




――ガチャ…


「(お風呂――?)え…」

「あ…」




振り返った時、お風呂場から出てきたのは


タオルを頭からかぶった、上半身裸の刺青髭男だった――




「!!!?(う、うわ! 家に怖い人がいる!!)」
「!!!?(地味子のお父さん…!!!!)」




両者、驚きに声も出なかった
だが、此処は屈する訳にはいかないと、父は震える拳を握り締める

怖い超怖い
誰これ、え、不審者?




「だ、だだだだ誰だ、貴様は!! 人の家に勝手に上がり込んで…!! はっ…もしや強盗!?」
「強盗!?」
「あれ、お父さん帰ってたの?」

「地味子っ!? よ、よし! お父さんがいますぐこの男を追い出してやるからな!」
「はぁ? 何言ってんの。追い出されたいの?」
「なんで!?」




廊下で騒がしい声が聞こえると思ったら――父だった
今帰ってきたのだろうか、家に入った途端に休日の父になってしまっている
仕事着のスーツで休日の父の顔は見たくない…




「晃司、湯冷めしちゃうからちゃんと拭きなよ」
「あ、あぁ…」
「えっ、晃司君!?!?」
「お、お邪魔してます…」
「あ、どうも…じゃなくてっ!」




律儀にぺこりと頭を下げる
つられて父も頭を下げた
なんだこの光景は――




「お父さん朝から煩いよ」
「何で晃司君が居るの!? お父さん吃驚だよ!?」

「いきなり帰ってきたお父さんに吃驚だわ」
「あれ、あまり歓迎されてない!? 会うの数日ぶりなのにね!」




父さん哀しい、としくしく泣きだした彼に、地味子は朝から疲れる…と冷めた目をした
晃司はどうしていいのか解らず、とりあえずタオルで頭を拭き続けた
まだ完全に乾ききってなかったようだ




「えぐえぐっ…帰ってきたら娘が男を連れ込んでて、しかもお風呂にまで入らせて―――!」

「汗かいたらお風呂に入れなきゃ可哀想でしょ」
「んなっ…!? 晃司君一体どんな運動したのかなぁああ!?」

「ラ、ランニング10キロと、スクワット、腕立て、腹筋を100回…っ」
「嘘だ! 俺は騙されんぞぉぉおお!」
「お父さーん、怖がってるから揺さぶるのやめなさーい」




やれやれ、疲れている筈の父はまだまだ元気なようだ
相手にさせられている晃司には悪いが、今のうちに朝食の用意をしようと地味子はキッチンに戻る

あ、晃司がもう泣きそうだ




「と、父さんは娘が心配なんだよ…!」
「晃司、もうすぐ出来るから座っててね」
「あ、あぁ」
「あれ、無視!? っていうか、朝ご飯作ってんの? 地味子が?」




彼女がキッチンに立つのを見るのは、どれぐらいぶりだろう…
小学生の時に、父の日に作ってくれたカレーを思い出す

お肉ゴロゴロ、野菜丸ごとゴロゴロ…カレールゥも溶けずにゴロゴロ入ってた
妻は頑張ったわねと娘を褒めていたけど、あれ…二人のだけちゃんとしたカレーだよね。
母さん作ってたの? 父さんのだけ特別なの?

だけど頑張って作った娘の為に食べたよ
一杯しか食べられなかったけどね!!!




「何―? 作ってるよ? お父さんの分はないけど」
「酷くない!?」
「だって帰ってくると思わなかったんだもんー」
「可愛く言っても誤魔化されないからねっ!? ついでに言うと晃司君のそれ、全部父さんの食器だからね」




テーブルに用意されていく二人分の朝ご飯
その食器は娘と父が使うものだった




「えっ…(ガーン!)」
「いいよいいよ。気にしないでー」
「地味子酷い!! お父さんも食べたい!」
「はいはい。じゃあ先にお風呂入ってきてよ。ちょっと匂うし」
「行ってきます!!!!」




早いな…と晃司は呆然とした




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