HERO GIRL

□クレイジーおじさんとヒーローガール
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ちりん、と聞こえてきた音に地味子ははっとする
お客さんだと慌ててレジカウンターに入る
あれ、蛍ちゃんが居ない…何処に行ったんだろうと思っていると、ドンッと乱暴に物が置かれた



「…いらっしゃいませ」




中年の男だった
缶ビール一本と細長い箱をレジカウンターに置いて、ポケットからお金を取り出している
ちょっとだけ臭うが、いろんなお客さんが来店されるから、顔には出さなかった
お会計をして、商品を袋に入れる――あ、これって…?

ふと視線を感じて顔を上げれば、中年男がジーっと此方を見ていた




「…?」
「夜に女の子がバイトって…珍しい。いつもいないよね。この時間はおじさんか眼鏡かけたデブだ」
「私も普段は夕方なんですけどね」




店長と蛍ちゃんの事を指しているのは直ぐに解った
もっといい方があるだろうけど、指摘する訳にはいかない
相手はお客様だから、淡々と仕事をこなす




「…き、君みたいな子もいいけど、俺には…嫁が居るから」
「は、はぁ…」




夜のほうがもっと不思議な人だっている
蛍ちゃんはよく頑張ってくれてたなと、尊敬した

…蛍ちゃん、まだ戻ってこないのかな




「俺の嫁さん…女子高生なんだ、へへ…」
「…じょ、女子高生…」




本気なのか冗談なのか解らない
ついでに言うと、物凄く――気持ち悪いです

奥さんが女子高生って…そういう恋愛もあるんだなと考えるけれど
なんだか、このお客さんに関しては――違う気がした




「いつもいつも、俺は貢いでた…月風船を何度も送って、喜んで。あいつは、俺を好きだと言ってくれたのに…」
「…月風船」



――聞き覚えのある言葉だった




「好きだと、愛してると言っていた…あいつは、この俺こそ、相応しいんだ。それなのに、他の奴に乗り換えたりして、…あの糞女…っ。尻軽め――!」

「…何処にでもいるんですね、そう言うの」




思わず口に出してしまった
今日はどうも変な一日だ
こんな時間にバイトをする自分がいけないんだろうか
っていうか、早く帰らないと鬼が待ってるけど、帰りたくないんだよなぁ…




「…俺の物にする、俺しか考えられないようにする…その為に、探したんだ――あの女を。ぐへへへ…」




何処か逸脱した思考に、言動に、地味子の表情はだんだん険しくなる

蛍ちゃん、まだかなー




「お嬢さんは、尻軽じゃないよね…あんな女と一緒にしちゃ、可哀想だよねぇえ…」
「は、ははは…その、女子高生さんに、今から会いに行くんですか?」
「そうだよぉ…」
「――でも、もう遅い時間ですよね。寝てたりとか…」
「いやー、今もまだ配信してるんだ…」




そこで男が、自分のスマホを見せてきた
映っていたのは――紛れもなく美怜だった



『きゃーっ! ありがとうございます! 月風船感謝です! ちゅっ』

「…」
「可愛いだろぉ? でもなぁ…こいつはいろんな男にこうして、媚びを売っているんだ」




見る見るうちに増えていくコメント
増えていく月風船、それが収入となって彼女の手元に届く…

そのシステムは、地味子もよく知っていた…




「許せないよなぁ…」

『あっ。ごめんなさい! 今日は配信ここで終わりまーす! また来てくださいネッ。ちゅっ』

「…彼女はこの後…近所のコンビニに行くんだ。お母さんに、買い物を頼まれてねぇ」




そのお客さんの顔は、気味が悪いほどに笑っていた
ヤバい、こいつはやばい――そして美怜が危ない…!

自然と地味子の手はレジカウンター下の緊急ボタンに触れていた
どうする、警察を呼ぶ?
でも、まだ…被害に遭ったわけじゃない
此処で彼を留めても、最悪買った物の確認と厳重注意くらいだ
それにボタンを押してコンビニに閉じ込めて、相手を刺激するのもよくない




「あぁ、いつの間にか話し込んでたねぇ…これからまた、彼女を探さなきゃいけないんだ…」

「…っ。探す?」
「このあたりに住んでるんだ、お嫁さんは…ぐふふ…今日こそ、見つけるよ…あー、それは、要らない…」

「は、はい(美怜ちゃん逃げて。超逃げてーー!)」



ちりん



結局ボタンは押せずに、男は店を出て行ってしまった
美怜が危ない…どうしてそんなことになったのかは解らない

今日は友達が危険な目に遭う日なのだろうか
唯も美怜も揃って災難である
それを知ってしまった自分も、見過ごせないのだが




「ふぅ〜。すっきりした」
「蛍ちゃん!」
「う、うわわっ!?!?(え、トイレ長かったの怒ってる!?)」




店の奥から出てきた蛍介を出迎えたのは、鬼の形相をした地味子だった




「へ、変な人が包丁を買って…!!!」
「ほ、包丁?」
「そ、それで…美怜ちゃんがお嫁さんで、変な男が尻軽だって」
「待って地味子ちゃん。落ち着いて。状況がよく解らないよ」
「と、とにかく――私、あの変態追ってくる!!」




そう言って地味子は勢いよく店を飛び出した
まだそう遠くに入ってない筈だ




「ちょっと地味子ちゃん…!!!」




一人残された蛍介は、どうしようと考える
包丁、美怜、変態、いろんな単語が頭をぐるぐるとめぐっていた

ふとレジを見れば、数分前にビールと包丁を買ったお客さんが確かにいたらしい
あれ、この人って…いつものおじさんじゃないかな

珍しい銘柄のビールをいつも一本だけ選んでいるおじさんを思い出す
確かにちょっと、変な人と思っていたけれど…



「まさか、ねぇ…?」





でも、本当に包丁を買ったのなら…
美怜もだが、その人を追っていった地味子もまた、危ないのでは――?




「…。…ぼ、僕も行こう!! お店は閉めておけばいいし!!」



何かあると『トイレ行ってきます』の札を入り口に張っていた
これで鍵を閉めておけば、お客さんも入ることは出来ない

蛍介は、慌てて走り出していた



…って、彼女は何処に行ったんだろう??





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