HERO GIRL

□私と夜とコンビニ
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日常はただ、平穏に向けて流れていた




「地味子ちゃん、今月もご苦労様。はいお給料」
「わーい。ありがとうございます、店長!」
「これで好きな物を買うといいよ。君にも少し多めに入れておいたから」
「おっふ。店長、男前!」




若い娘に褒められて悪い気はしないと、店長は笑っていた




「でも、大変だったんだろう? 合宿所に指名手配犯なんて…」
「店長知ってたんですね? ニュースじゃうちの学校って解らなかったと思いますけど」
「うん、君のお父さんが後で感謝状をくれたからね。その時に聞いたんだ」
「…感謝状?」




何だそれ、お父さん何してんの
そして店長は何を感謝されたんだろう

しかも感謝状って事は『仕事モード』のお父さんに会ったのか?




「優しいお父さんだったね。彼に相談してよかったよ…あいたたた」
「店長、大丈夫ですか?」
「う、うん――やっぱり少し動くと辛いなぁ」
「今日は早めに上がってください。夜は大丈夫ですから」
「いや、でもねぇ…」




店長は腰を擦って痛みを堪えていた
仕事中に重い荷物を運んでぎっくり腰になったらしい
そう言うものは普段、私か蛍ちゃんがやるのに――あ、合宿でいなかったんだっけ

蛍ちゃんはたっぷり親孝行できたかなぁ?




「あんなことがあったのに、一人で大丈夫?」
「蛍ちゃんと代わりばんこで入りますから」
「その長谷川君は、お盆に実家へ帰るそうだよ」
「えっ。おばさんの具合でもよくないのかな。この前帰ったばかりなのに…」
「…いや、彼は実家へ行かず夜にジョギングをしていたんだ。僕も吃驚したよ」




蛍ちゃん、何をやってるの――
ジョギングするのは結構だが、お母さんはいいの?
あれ、それともお母さんの都合が悪くて、今度こそお盆に帰るのかな?




「ん? それじゃあ蛍ちゃんも休みってこと?」
「そうなるね…いたたた」
「店長。私、頑張ります! これから夜は任せてくださいっ」
「君はまず親御さんの許可を取ろうね。特にお母さん」
「Oh…」



忘れていた
店長やコンビニを助ける事しか頭になかった

夜にコンビニに入ることを…鬼はきっとよくは思わない
しかし人がいないのは確かだからと、地味子は少しだけレジを店長に任せて、母に電話を掛けた




「あ、もしもし。お母さん?」




――事情を話したらやはり怒られたけれど…




『…いいわ。店長さんの為だもの。お世話になったことだし』

「え、お母さんもなの? なんで?」

『お父さんには見回りがてら様子見てもらうから』

「マジか…」



別にいいのに、と思いながら電話を切る
どうやら許可は無事得られたようだ、珍しい



――そんなわけで、今は夜のバイト中である




「暇だ…」




蛍ちゃんは夜のコンビニをどう過ごしていたんだろう
お客さんは少ししか来ないし、暇で仕方がない
仕事は全部終わらせてしまったし、本当に暇を持て余していた
神々ごっこでもしようか? 駄目だ、あれは一人じゃ無理

じゃあヒーローマンでも歌う?
あのメロディを聞いてから、時折口ずさんでいることに最近気づいたんだ



ちりん




「俺は、ヒーローマン…いらっしゃいませー」




危ない、お客さんが来た




「あ、森永と敏斗」
「…君、ホントにヒーローマンが好きなんだね」
「晃司には負けるけどね」
「歌、ちょっと聴こえたよ」




店の外まで聞こえてたのかな
ちょっと恥ずかしい

敏斗は真っ直ぐに栄養ドリンクが並ぶコーナーへ向かった
森永はレジカウンターに肘を突いている




「名無しさ…いや、地味子ちゃん。僕ね、お酒を買いに来たんだ」
「はぁ。堂々と飲酒宣言する未成年は初めてだよ。売らないよ?」



何このドヤ顔
酒を飲んだことで味を占めたのか?

あと何このポーズ
格好いいと思っているのだろうか、とりあえず未成年の飲酒は禁止です
あと、なんで名前で呼んでいるんだか…あぁ、合宿の夜に何となくそんな流れになったんだっけ
呼び慣れてないなら別にいいんだよ、森永。だって私は森永としか呼ばないから




「これ下さい」
「はーい。喉を傷めない為にこういうのも飲むの?」
「声帯は大切だからね。守らないと」
「ふぅん」
「敏斗の『パプリカTV』は徐々に視聴者数を伸ばしてるんだぜっ」
「最近は見てくれる人も増えてきたんだ」




敏斗はとても嬉しそうに頬を染めた
『パプリカTV』を実際に見ることはないが、なるほど敏斗は楽しそうだ




「ところでさっきの歌だけど」
「歌? あぁ…忘れてください。ホント」
「いや、上手いし綺麗な声してたよ」
「わぉ、褒められた」




敏斗に褒められると何だか嬉しい
合宿のオリエンテーションで聴いた敏斗の歌声は、あれが初めてだった
学園祭でも蛍介と歌っていたそうだが、生憎後夜祭は出ていない

畜生、あのグラサンめ…




「他にどんなのが歌えるの?」
「童謡とか」
「童謡!?」
「他に歌をよく知らないから歌えないんだ」
「歌番組とか観ないのかい?」
「敏斗、地味子ちゃんが見るテレビは殆ど格闘技なんだ」



森永がそう言うと、敏斗は本当に驚いた顔をしていた
何で森永はそれを知っているんだろう、あの夜話したっけ。覚えてないや




「す、凄いね? 女子とは思えないや…」
「え。何それ酷い」
「ご、ごめん…っ」




ちりん、とまた音が聞こえた





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