HERO GIRL

□愛と正義のヒーローウーマンA
1ページ/8ページ





少しだけ長引いた撮影が休憩に入ると、ヘルメットを脱いでホッと息を吐く

流石に休憩までこのアクターでいるのは辛いと、いそいそとヒーローマンから、ただのスタントマンへと変貌する

春の陽気に、このスーツの暑さは何よりも地獄だった
スタントやスーツに慣れている自分でそうなのだから、今日初めて着た彼女はもっと辛いはず…



「あれ、あの子は?」



辺りを見渡したが、ピンクのスーツを着た彼女は見つからない
撮影現場は沢山の人が出入りしているから、全員の位置を把握するのも難しい

休憩の際にはスーツを脱いでくれていいのだが、その事を彼女に誰か伝えただろうか
『ヒーローマン』の衣装を一時保管するために更衣室に来たのだが、やはりと言うべきかヒーローウーマンがない



「…もしかして、ウーマンのまま休憩に行ったのか?」
「あの子ですか? さっきはその辺で休んでましたけど…そう言えば居ないわね」
「おいおい…」



まさかとは思いたいが…それもあり得そうだ
街中にヒーローウーマンをがうろついていたら、それこそ大変だ

道行く人が、単なるコスプレと思ってくれたらいいが、これは本物で撮影中である

とても心配だった







「…何か見られてる気がする?」



休憩を貰ったのでコンビニに行こうと歩いていたら、道行く人に驚かれたり、指を指されたりした
子供にはキラキラした眼で見られるし、そのお母さんは本当に吃驚した顔をしている

一体何なんだ、道路を挟んだ向こうでも、子供のきゃあきゃあ言う声が聞こえるよ
ちょっと聞き取りづらいんだけど、私って耳が悪くなったのかな
視界も悪いし、頭が重いし、しかも暑い…

春の陽気は、何処までも私を苦しめてくれるらしい



「ママ―、ヒーローウーマンだよ!」
「ウーマンだぁ! ウーマン!」
「まあ、本当ね。撮影かしら?」

「…ん? ウーマン?」



近くで聞こえた声に、幼稚園児がまたも目を輝かせている
そうか、これを着ているからだ!
撮影後、そのままコンビニへ出てしまったから、ヘルメットやスーツを脱ぐのも忘れてしまった

最早、身体の一部みたいなものだったから、今の今まで本当に気づかなかった
私ってばどこまで馬鹿なんでしょうか

せめてヘルメットだけでも…



「ぬ、脱がなきゃ…」

「この暑いのに大変ね。たしか有名な女優さんだったかしら?」

「ぼくね。知ってるよ! ウーマンはきれいなおねえちゃんなんだ!」
「ヒーローマンの、『こいびと』なのー」

「…脱げない」




そんな声が聞こえてきては、安易に脱げなかった
今脱いだら、私があの女優さんじゃないって事がバレてしまう

大人はまだしも、子供に対してはそのイメージを、決してぶち壊してはならない!

ヒーローウーマンの素顔が、あの女優さんじゃないってバレたら駄目だ
それに約束したんだ
彼女のように振る舞わなければ、きっと怒られる…!


此処は一先ず、逃げるしかなかった



「あっ。ウーマン行っちゃったぁ!」
「きっとワルを倒しに行ったのよ」
「追いかけたら、ヒーローマンも居るかなぁ?」

「駄目よ。それより早く帰っておやつにしましょ」

「「わーい!」」

「よく考えたら、あの女優さんな訳ないか。我儘って噂だし、きっとスタントマンね。暑いのに大変だこと」




意外とあっさりバレてしまっていた

結局ヘルメットすら脱げなくて、泣く泣くコンビニまでやって来たのだが…



「…どうやって買い物したらいいの?」



そして、またしてもお財布を忘れて来た
更衣室に置いてある鞄の中に置きっぱなしだ
本当に何しに来たんだろう、私

しかもこの格好でコンビニに入るなんて、怪しい人そのものだ
せめてヘルメットを脱いでしまえば、少しは変わるかもしれないけど…子供の夢は壊せない

更に言うと、コンビニ脇の路地に隠れるしかなかった



「翔瑠! 今、ヒーローウーマンが居たぞ」
「ヒーローウーマン? あぁ、特撮の奴か。そう言えばこの辺りで撮影してるらしいぞ」
「おぉっ!」




ふと、声が聞こえて路地の影からひょっこり覗く
そこには晃司と翔瑠が、丁度コンビニ付近に居た

何と言う偶然だ! 神様ありがとう!
ちょっとだけお金を借りて、何か飲み物を買いたい
この暑さは本当に酷かった

そして私は、二人を呼び止めるのに夢中で、今の自分の格好をすっかり忘れていた




「晃司! 翔瑠!」
「おぉっ。やはりヒーローウーマンだ!」
「二人で何処か行ってたの?」
「待てよ。その声…」



晃司は喜んだ顔をしていたが、翔瑠は驚いた顔だ
一体なんでだろう…



「もしかしてお前…」
「地味子?」
「えっ。何言ってんの。当たり前―――」



はて…と気づく
そう言えば、私は今、ヒーローウーマンの格好だ!
ヘルメットをしているから、誰も私だって解らないんだけど…

私が今、ウーマンだと言う事は、誰にもバレてはいけない
それが例え、この二人でも!



「えぇと…ひ、人違いです。私は、その、地味子ではありませんっ」
「は?」
「私はヒーローウーマンです! さらば!」
「いや、完全に地味子だろ。お前」
「凄いなっ! 地味子はヒーローウーマンだったのか!」
「あうあう…」



結局、私であることが二人にバレてしまった




次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ