HERO GIRLA

□私と美女と野獣
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――ピッ


――ピッ



機械的な電子音が、一定の間隔で聞こえる

眼は閉じられたままだけど、小さく胸が上下している
シューシューと静かに聞こえてくる呼吸器の音
それが、彼が今を生きているのだと確認出来る

私の眼には、じんわりと涙が浮かんでいた



「…よかった」



漸く面会が許されたのは、あの騒動から数日後の事だった
2階から地上に叩きつけられ、全身を強打、あちこち骨も折れていたらしい
私の眼から見ても、酷く取り乱すくらいに彼の容体は、とても深刻――だったはず

緊急手術の甲斐あって、一命を取り留めたとは聞いていたが――

人は、こんなにも回復が早いものなのだろうか…



「安心した?」

「うん…お父さん、面会させてくれてありがとう」

「どう致しまして」



可愛い娘の為だとお父さんは言っていたが、事件の事で家に帰らない日々が続いていた
それでも何とか時間を作って、私が彼に面会出来る様に取り計らってくれた



「忙しいのにごめんなさい」



無理を言ってしまったと反省する
しょげたように肩を落とせば、ぽんっと頭を撫でられた



「これで今日から、ちゃんと笑ってくれるかな?」



私はきっと、上手く笑えてなかったのだろう
それが家族を心配させてしまっていた

小さく頷くと、お父さんがふっと笑った気がした



「今日、少年院行きだそうだ」
「…そう」
「彼には会いたい?」
「会う気はないよ」
「だよね」



森永は捕まり、彼は入院中


――『伊崎 志遠』

お父さんに連れられて病室にやって来た時に、そのネームプレートにいち早く気付いた
名前が『伊崎 志遠』となっているのだ

戸籍謄本も調べたし、間違いないとお父さんは言う



「彼は『伊崎 志遠』なの?」
「戸籍上はね」
「…違うよ、この人は蛍介だよ。長谷川 蛍介。うちにも来たでしょう」
「そうなんだよねぇ…」



偽名を使っていたにしても、その理由が解らない

例えば身分を偽る必要があった?
本当の名前を知られたくなかった

だから、蛍ちゃんと同じ『長谷川 蛍介』を名乗った?

それなら全く別の名前を考えればいいとは思うが――



「うーん…ぷすぷす…」
「地味子、あんまり考えすぎると、お父さんみたいにショートするよ?」



お父さんもいろいろと考えて、やがて考えるのをやめたらしい

ひとまず、彼が目覚めるのを待つ他ない



「…そう言えば、蛍介の事を蛍ちゃんは知ってるの?」
「此処に来たそうだよ。彼のお母さんと一緒に」



その時は、頭に怪我をしていたそうだ
蛍介が心配過ぎて、頭をぶつけてしまったのだろうか

『伊崎 志遠』を蛍ちゃんは知っているのかな
一緒に住んでるんだし、同じ名前の人が同じ家にって、よく考えたら変だ

明里さん達の様に姉妹って訳でもないんだし

スマホで時間を確認すると、21時過ぎ
蛍ちゃんは今日、出勤しているはずだ



「お父さん。私、コンビニ行ってくる」
「今日もバイト、休みの筈だよね」
「うん」



事件以来、私はコンビニのバイトを休んでいた
お母さんに止められたと言うのが一番だが、
私自身、まだショックから立ち直れてなかったから



「蛍ちゃんに会いに行くだけ」





お父さんが車でコンビニまで送ってくれた
これからまだ仕事だと言うのに、有り難い事である



――ちりんちりん


聞き慣れたベルの音と共に、店内に入る
あの事件以来、此処に来るのは今日が初めてだった

店内は無人なのかと思えば、レジの横にある事務所から店長が出てきた



「やあ、いらっしゃい」
「あれ…?」



もう一度、スマホで時計を確認する
店長は帰り、蛍ちゃんが交代で入っているはずだ



「地味子ちゃん、こんばんは」
「あ、はい。こんばんは!」
「間違って、シフトに入ろうとしたのかな? なんてね」



ニコニコと笑う店長に、私は笑い返す



「よかった、笑えるようになったね。心配してたんだ」



何かの事件に巻き込まれたとからと、店長は言う
詳細はよく解らないが、私がゆっくり休めるならと、店長はバイトを休むことを許してくれた



「すみません。ご心配をおかけして――」
「いいんだよ。それに君は働きすぎなんだ、たまには休まないとね」
「ふふ」



店長の優しさには、いつも助けられてばかりだ



「あの、そう言えば蛍ちゃんは?」
「長谷川君? 今日は休みだよ」
「え…」

「急用が出来たとかで突然ね。イケメンな彼のお見舞いで、大変なんだと思うよ」




だから蛍ちゃんではなく、店長が此処に居るのか

…はっ。

そうなると、店長は朝から晩までいることに――!?



「店長、夜は私が変わりますっ!」
「えぇっ!?」
「だって店長、朝からずーっと居るじゃないですか!」
「そうだけど、だめだめ! 今日はお休みって聞いてるんだし!」



結局、店長は日付が変わらない内に店を閉めた
『営業時間短縮しても、僕の生活は困らないよ』と言ってくれたので、ひとまず安心である

それどころか、早く帰るようにと心配させてしまった
すみません、明日からバリバリ働きますので!




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