栄光部屋

□溢
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 十代は、かつて一日の内にどれだけの事を見て、聞いて、感じていたのだろう。
 その激動の(そう正に激動の)人生で、どれだけのものを受け止めてきたのだろう。
 短い人生は密度が高いとか言うが、もしも十代のそれを数値で表したなら、人の一生なぞとっくに終わっているに違いない。

 十代は確かに強かった。それはもう異常な程に。
 どんな痛みにも、どんな傷にも耐え続けて来た。
 その異常な密度の人生、戦いばかりを迫られた思春期を生き抜いて、
 こいつは何もなかったみたいな顔をしてまた日常へと飛び込んで行った。
 けれどもそれが決して『無傷』ではなかったことを、こいつ自身全く気付いていなかったんだ。

 治癒が全く追い付かない程に受け止めて、受け止めて、そうしてどれだけの傷を負っていたのだろう。
 腕が千切れ、足を引き摺って、目が潰れたようなその有様が、どうして何もなく続いていくだろう。
 こいつがひたすらに拒むことなく真正面から受け入れ続けた運命が、或いは使命が、十代自身の、けれども俺達の為の願いが、
 十代を縛り続け、けれども同時に支え続けていたことに、誰も気付くことが出来なかった。

 するりと、十代を離れたその鎖は、ようやく十代を自由にしたけれど、
 その時の十代の心はもう、十代自身の為の力など残していなかった。

 それでも、十代は生きている。
 まだ、その身体がある限り自由にはなれない傷だらけの魂は、
 それでもまだ壊れずに、世界に関わることをやめなかった。

 感じることも、受け止めることもやめないこいつは、ただ考えることを放棄した。
 目は見えていて、
 耳は聞こえていて、
 その心は感じるけれど、

 こいつはもう何も思わない。

 何も、というのは十代に失礼だ。
 例えば雨の日は少しだけ塞いだ顔をするし、無理矢理起こした時は普段が演技なんじゃないかと思う程避難がましい目をする。
 そして俺が(まだ何とか毎回出場し続けている)プロリーグの大勝負に勝った日などは何も言わなくても察したように微笑んだ。

 プロの仕事が一日オフの日はこうして隣に居てやれるからそれでいいが、仕事の日はエドや翔、プロ界全体が忙しい時は師匠や天上院君、時にはジムやヨハンにまで連絡する羽目になる。
 元々懐っこいからか、専門の人間に預けても何も言わない(というか機嫌は変わらない)が、こいつはどうだこうだ言って存外寂しがりなので。
 それに皆、呼ばずとも気にかけて何かと足を向けてくれているし。

 夕食の下準備を終えて、ふとベッドを覗くと、十代は部屋の真ん中にじっと立っていた。
 自分から動くのは珍しいなとその背中の2歩後ろまで歩み寄る。
 普段は呼ばないと動かないのに。いや、呼んでも機嫌が悪かったら動かないが。
 反応は見せる。脳の働きは正常だ。ただ、それに対して何かを思うことを封じてしまっただけで。

 俺には、いや、誰にも責められないし、哀れむことも出来ない。
 最終的にはこうなるしかなかったのだから。
 今世界が正常に在って、十代がこんな状態だけれど生きているのは、現状以外では在り得ない。

「・・・なぁ、十代。俺が分かるか?」
 それでも俺の、こいつに対しては特に何処までも諦めの悪い部分がそうして呼びかける。
 聞こえてはいる筈だけれど、十代は振り向きもしなかった。
 けれどもこれが十代だと知っている俺は、それはそれでと納得してしまうからいつまでたっても何も変わらない。

「何を見ているんだ?」
 重ねて声をかける。
 十代はまだ動かない。

 ここまで反応を見せないのは逆に珍しいんじゃないかとその視線を辿ると、普段はカーテンを引いて隠している本やCDを乱雑に並べた(或いは積み上げた)棚の、その上に、十代のデッキをセットしたままのデュエルディスクがあった。
 俺が毎日十代が眠ってから手入れをしていたそれを、ほんの十年前は毎日構えて酷使していたそれを、今、十年ぶりに夕日を浴びて煌くそれを、十代はまるでたった今初めて見付けたように見詰めている。
 その、唇が、

 声にこそならなかったが、あいぼう、と動いた気がして。

 あぁやはりお前はそうだ。
 デュエル馬鹿なんだ。ただの。
 とうに分かっていたことだけれど。
 悪かったな。もっと早く気付けば良かったのに。

「・・・やるか?」
 苦笑して言うと、十代はようやくこちらを振り返って、少しだけ首を傾げたので、
 隣の部屋へ行って俺のデュエルディスクを、十代に見えるように腕へ。
 そういえば、もうじき新しいルールが発表されるとか誰かが言っていたな。
 俺には、俺達にはあまり関わりのないことだけれど。

 俺がデッキをセットした瞬間、十代は馬鹿みたいに嬉しそうな顔をして、自分も真紅のデュエルディスクを腕に付ける。
 何も言わない間にもう5枚のカードが手の中に。

 引きが良かったのか、久しい感覚に酔っているのか、射抜くように鋭い視線。
 あぁそれも随分久しい気がする。

 ぞくり。

 懐かしい感覚。
 張り詰める空気。
 知らず笑みが浮かんだ。
 あ、ぁ、溢れ出す。いろ。赤く、あかく、

 そうだ、何も変わらない。

「いくぞ、十代!!」

 俺達の間には、今も昔もこれしかないんだから。


 シリーズ化に辺り移動。
 これ書いた時はそんなつもりじゃなかったので色々かつかつです。

色褪せた世界に鮮やかな色をぶちまけよう (13の部屋 陸)

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