栄光部屋

□初
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 兆しはあったように思う。
 それがいつかは分からないくらいに昔から(或いは初めから)。実に自然な違和感でもって。

 昨年の勝率が50%超えのプロデュエリストのみ参加可能という豪勢なイベントに、当然のように十代が参加しているのは既にさして珍しくもない光景だった。
 どことも契約していない十代は、当然ながらスポンサーがおらずプロデュエリストではなかったが、俺の所属する会社も、エドの所属する会社も、いや際限なく引く手数多で。
 そして偶に出場するトーナメントやイベントでの勝率は(当然ながら)憎らしい程の数値を叩き出していたから、時折こんな場所へ潜り込んでいることもある。
 著名人に声をかけられても、気にかけた様子もなくいつもの懐っこい笑顔で対応し、それから翔の姿を発見すると躊躇いなくそちらへ駆けて行った。

「やれやれ・・・」
 相変わらずだな、そう思いながらその背中を見詰める。
 今日は単に交流目的のイベントで、参加者の過半数はデュエリストだがデュエルそのものは行われていない。
「相変わらずだな。十代は」
 すぐ隣から苦笑が聞こえて、振り返ると黒いスーツに白いネクタイ、背中まで伸ばした銀髪を後ろで一つに纏めたかつての後輩(プロとしては先輩だが)の姿。
「エド、お前もういいのか?」
「えぇ、今日は新人が中心ですし」
 僕はデビューが早かったので。貴方こそもういいんですか?
 にこり、まだそういう顔をするかこいつ。
「・・・俺だってプロに入ったのはもう4年前だ」
 アカデミアを卒業して直ぐに契約は結ばれ、俺は一人暮らしと同時にプロとしての仕事を始めた。
 エドとの直接対決も何度か叶い、戦績は今のところ通算6勝7敗。
「次で並ぶな」
 俺が言い、的確に意味を汲み取ったエドが挑むように笑った、その刹那、

「兄貴っ!!?」

 悲鳴のような叫びが聞こえて反射的に振り返る。
 声を上げた体制で固まっている翔と、床に伏した―――・・・
「――― 十代!!」
 エドが駆け出し、応急処置の心得のある者が容態を確認する。
 俺は、そのまま動けなかった。
 分かっていた。
 可能性があることも。それが限りなく高いことも。

 そうでなければいいと、願ってはいたけれど。

 結局単に意識が飛んでいるだけだと診断された十代は、飲み過ぎか疲れだろうと結論付けられ、
 自家用車で来ていたエドの協力の元、十代のマンションまで送り届けることになった。
 どうにか部屋まで担ぎ込んでそのままベッドへ。その間十代は一度も目を開けなかった。
 ベッドの横に座った俺と十代を、エドは暫く言葉を探すように見比べていたが、少しだけ空気が震えたと俺が知覚した一瞬後に言葉を発した。
「・・・悪いが先に帰る。電車かタクシーで帰ってくれ」
 エドは返事を待たずに背を向けた。
 俺はそれを聞きながらも十代から目を逸らすことが出来なかった。

 エドも、少なからず感じ取っている。

 責任と覚悟と使命と、或いは恐れだとか、
 十代をこれでもかと縛り続け、立ち続けることを強要していたその鎖が、ようやく離れたあの日に、
 それからも十代は変わらず生活していたし、時折ぼんやりすることは多くなってそれでも笑っていたけれど、それは十代の受けた傷が俺の予想を下回っていたからでは決してなくて、
 十代自身が、その願いでもって最後の鎖にしがみ付いていたからだ。
 それは十代の根源たるものでありながら、縛りこそしていないが十代の自由を奪うものだった。
 すなわち俺達への、感謝であるとか、執着であるとか、その裏にある喪失への恐怖と、
 何よりも、俺達を悲しませたくないと、苦しませたくないと、俺達が十代へ抱くそれと全く同質の。

 それが当たり前に嬉しくて、それ以上に酷く申し訳なかった。
 十代を好いている人間は多い。俺個人が十代から受けた仕打ちを思えば実に不思議だけれど、それでもそれは真理のように俺の中で揺るぎない事実だった。
 十代が想われていることを俺は知っているけれど、それを返すことは自分勝手だが求めなかった。
 十代だけは、何にも縛られず生きるべきだと、何故だか祈っている。

 なのに今になってもそれをさせないでいるのは他でもない俺達で、
 けれども、これで最後だ。

 あれからエドは泣いただろうか。いや、多分それはないだろうな。
 どういうつもりでここを離れたのだろう。多分意地のようなものだろうけど。
 俺か、十代に対しての。
 俺とて泊まるつもりなどこれっぽっちもありはしなかったが、黙って十代の顔を見ているといつしか夜は明けていて。
 朝の青白い光が十代の顔に影を投げていた。
 深い、けれども透き通った茶が、薄っすらと、開く。
 俺は未だにプライドが高くて、けれどもエドと違って高さだけの中途なそれは、涙を堪えるには少しも役に立たなかった。

「もう、無理をするな」

 俺は多分酷く情けない顔をしている。この歳になってこんなに泣くなんて。
 それでも、うまく笑えていればいい。
 こいつに出会って得た笑顔だから。
 十代は何故泣くのか理解出来ないというような表情で暫く俺を見詰めていたけれど、一度瞬きをして、それからゆるりと笑った。

「・・・・・・おはよ、万丈目」
「あぁ、早く起きろ」

 それが、十代が俺を呼んだ、
 十代が言葉を発した最後になった。


 長くなったので中断。
 「始」へ続きます。

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