栄光部屋

□再 −Side,J−
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 3年、という時間は俺の人生の実に7分の1で、けれどこうして思い出すと酷く短いもので。
 なのに、その更に3年前、あの暖かい場所で過ごした時間は、俺という人間の酷く大きな部分を占めているような気がした。



「・・・」

 眠れない。もう随分長くまともに眠っていない気がする。
 眠ろうとはしているけれど、目を閉じたら二度と起きられなくなる気がして。
 現に、というか、どんなにゆさぶっても大声をかけても丸1日起きなくてうっかり病院に担ぎ込まれたのはもう1年くらい前になるか。
 医者からはただ眠っている状態だと診断され俺は結局丸3日間目を覚まさなかった。
 それから時折不眠と過眠に襲われ、その周期は徐々に短くなっている。
 けれど俺はそのことに対してそれ程の恐れは感じていなかった。
 だって俺は知っている。
 どうしてこうなってしまったのか。そしてこれからどうなるかもある程度。

 卒業証書を受け取って、あの文字通り夢のようなデュエルを体験して、それから結局その足でデュエルアカデミアを後にした俺は、足の向くまま気の向くまま、世界の色々な場所を巡って、
 最終決戦やもっと前の激闘で出来た世界の綻びみたいなものをユベルと共に閉じて回った。それは大抵は放っておいてもやがて消えるような些細なものだったけれど、念を入れておくに越したことはないし、それを出来るのは俺だけだったし、俺には他にやることも思いつかなかったから。
 時折現地のデュエリストとディスクを向け会うこともあって、俺はそれに満足していた。
 そんな調子で旅を続けてもう3年目になる。
 俺が些細な綻びにも執拗に気を回すのは、もしかしたら俺自身と重ねているからかも知れなかった。

 ダークネスとの戦いで言ったように、俺は決して強くなんてなくて、今でも何か迷っている。
 このままこうして真っ直ぐ前を見続けることを望んでいるけれど、何か根本から目を逸らしているような。
 つい何も気付いていないみたいに振る舞ってしまうのは俺がずるいと言われる所以でもあるのか。

 時折都会の方を歩く際、彼らのデュエルを目にすることもあった。
 異国の言葉は情けないことに今でも殆ど最低限しか使えないけれど、カードを構える姿からはそれだけでたくさんの物が伝わった。

『ねぇ、』
 簡素なホテルの一室で、まだ目を閉じない俺の上にうつ伏せに浮かんだユベルは、そっと撫でるように俺の頭に手を伸ばした。
『もうやめようよ。もう世界は自分の力でちゃんと治していけるじゃない。十代には分かるでしょう? これ以上十代が背負うことないよ? 今のこの生活は十代を支えてるけど、でも十代の望みじゃないでしょう?』
「・・・」
『十代はどうなったって後悔とかはしないのかも知れない。でも、それでも望むようにある権利はある筈だよ』
 返事をしない俺を無視してユベルは言う。
 深く考えるのが面倒になると考えることをやめてしまうのは俺の悪い癖だ。

『ボクは十代さえいれば本当にそれだけでいいよ。でも、十代はそうじゃないでしょう? 必要なものじゃなくたって大切なものはたくさんあるでしょう?』
 今までこのことに関しては何一つ言わなかったのに、耐えかねたように何かが決壊したように語るユベルに、
 努めて思考を遮断していると、ぽつりと呟いた声が波紋のように広がった。

『十代、帰ろう?』

 驚いてついそちらへ顔を向けるとユベルの大きな瞳とまともに目が合って、居心地の悪くなった俺は無意識に睨みつけていた。
 てっきり泣くか怒るかすると思っていたユベルは、泣くのを堪えるみたいな顔をして、けれどただ苦笑するだけだった。
「・・・ユベル」
 居心地は最悪だろうに今でも俺の心に住んでいるこいつは、勿論俺の一番近くにいる訳で、だから俺より余程認めたくないだろうその事実と、ずっと向き合わされてきた訳で。
 なのにどうして、まだ俺に、そんなに、
 それをそのまま口にすると、ユベルは今度はちゃんと微笑んで、
『今更だよ。だってボクは十代のこと愛してるんだ。・・・愛してる。愛してるよ』
 永遠に、
 言われるまでもなく限界は感じている。
 力はあっても弱い俺は、ここから普通の生活を耐えきることは出来そうもない。
『何かしてあげたくて仕方ないだけだよ。・・・そうだね、強いて言うならこれは、ボクの最後の『我儘』で、』
 ユベルの身体が薄く光った。

『たったひとつの『遺言』だよ』

 俺に触れたそこからユベルは消えて行って、
 咄嗟に身を起こした俺に、ユベルは至近距離からひたすら穏やかに微笑んだ。
 その笑顔だけを残して、完全に俺の心の中へ溶けて行った。
 外からも中からも、昔も今も俺を守ることしか考えていないあいつは、結局全部を俺の為に使ってしまった。あぁ消えた訳では決してないけれど。
 俺は、茫然とそのまま目の前の空間を見詰めていて。
「・・・ごめん、ユベル」
 泣くことさえしてやれず告げたその言葉はユベルの望みとは違う。
 こうして真に一つになったことはあいつにとっての幸福だから。それを幸福だと思うことが少しもそうではないと俺は思うけれど、

「ありがとう」

 これで、俺はまだもう暫く保つのだろう。
 ユベルがその全てと引き換えに俺に与えたのは、それでも短い時間でしかなくて。けれど、
 時間など問題ではないことを俺はよく知っている。
 穏やかでささやかでずっと求めていた時間は、目の前にあった。

 ユベルのことを含めた3年前の3年間は、俺を不可避の使命へ誘ったけれど、
 それでも、3年経った今も本当に何一つ後悔はしていない。
 今思うと全ては必要なことであったように思う。
 激動で、平穏で、闇に堕ちたり情けなくて見苦しくて、それでも輝いた栄光の日々に、

 無駄なものはきっとひとつもなかったから。

「帰るか」
 デュエルディスクとデッキだけを手に、ファラオを連れて俺はその日の内にその国を経った。



「さて、どこから探そうかな」
 言いながら、風の向かう方へ歩き出す。
 ここへ来たのは酷く久しぶりだ。遊戯さんとデュエルして以来・・・いや、あれは過去だったんだから翔達と来て以来かな。

 暫く歩くと公園に踏み込んだ。
 遊歩道と木々しかないような、人影もまばらで、さわさわと新緑が歌う。

 強い風が吹き抜けて、ひとひら、若葉が舞って、煌めくそれに目を細めた、その、向こう側、に、

「万、じょー・・・め」

 何、で、
 何で、

 何で泣いてんだ、俺。

 ・・・あぁ、思い出す、想い。
 澄んだ空気が全身に沁み込むよう。
 強く拭って、前に向きなおる。

 何て事ない。
 本当は、会いたかったんだ。だって、
 願うように感じる。

 想いが強ければ、決して見紛うことはない。
 そこがどこでもそれは俺のあった場所だ。
 鮮やかに、温かに、何度でも帰ろう。いつだって俺を迎えてくれるここへ。

 俺の場所は、ここなんだから。


 最終回後。最初で最後かも知れない十代視点。
 十万なのか十ユベなのか。両方か。
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 永遠の愛を誓えるよ 呼吸するくらい自然に by小松未歩 「My destination…」

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