栄光部屋

□友
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 天気のいい日だった。
 数日続いた雨が上がり、濡れていた地面も朝の内に乾いて、けれど暑いほどにはならなかった心地好い気候。
 家の中で過ごすのは勿体ないかも知れない。
 まぁ平日だから俺を含めて大半は出勤ないし通学しているだろうが。
 大抵、着いてしまえば建物の中だけれど。俺も例外ではなく。

 けれど、そんな価値観は二の次だ。
 だって、この日、
 俺は人生で初めてあのヨハン・アンデルセンを相手に戦っていたのだから。

 十代とはまた違うのだろうけれど卒業後長い間ブラブラして、スポンサーをつけた癖に殆どリーグには顔を出さず、かと思えば別の会社と契約していたりと落ち着かないヨハンは中々リーグに出て来なかった。
 出さえすれば大抵は勝ち上がっていたけれど、何か噛み合わないようでヨハンは俺とも翔とも当たらなかった。エドとは確か一度だけ戦っていた気がする。

 理由は明確だ。
 十代が、いなかったから。

 十代のいなかった空白の3年間は、俺の中ではヨハンも殆ど空白になったままだ。
 どこで何をやっていたのか、十代と決して同じではなくてけれどもやはりどこか似ているヨハンは、勿論俺は知らないけれどでもきっとその評価に相応の歪みを抱えていて。
 けれどもその歪みを押さえるだけの強さを持っていた筈のヨハンは、十代と出会ってしまったばかりにそれを増長させてしまった。にも関わらず十代は彼の前から姿を消して(別に彼の前からだけではないが)。
 十代以外のものにうまく価値を見い出せなくなっていたヨハンは、時折思い出したように姿を見せるけれどいつだって十代を探していた。欠けを埋めようとするかのように。

 十代が戻ってくると、それを追う様にヨハンも名を上げ、近々対決が叶うだろうと誰もが思った矢先、デビューからたったの2年後、十代はプロ界から消えた。
 その時のヨハンの取り乱しようは目に余る程で、少しの言葉に癇癪を起こしたように泣き叫んだかと思えば揺さぶっても反応を返さなくなったり、そんなこんなで以降暫くヨハンも再び姿を消すことになった。

 俺が行っても火に油だろうから、俺は少し落ち着いてから同居の旨を伝えに行って以降1度も会わなかったのだけど、やはり心配だったから主に覗きに行っていたレイやジムの方とは頻繁に連絡を取っていた。
 実家へは帰りたくないらしく、一人マンションに閉じ籠もって(少し病院の世話にもなったらしい)いたのだけれど、薬とカウンセリングの成果か、ジムやレイの或いは宝玉獣達のお陰か、何にせよ、
 ヨハンは実に丸2年のブランクを経て再び舞台へ上がった。

 そしてそれを取り戻そうとするようにがむしゃらにデュエルを続け、遂に今日俺と当たるに至った。
 意外にも早々に叶った直接対決。それ程レベルの高くないこのリーグは、まだ2日目のこの試合が実質決勝だなとエドも翔も、そしてメディアでも囁かれていた。まぁ俺はかなりムラがあるから仮にここで勝ったからって確実に優勝とは言い切れないが。
 けれどヨハンの方は俺で無理なら止められる奴はこのリーグにはいないと思う。それくらいの気迫と勢いだった。

 俺の世界は十代がいなければ始まらなかったと思う。
 ヨハンの世界は、ヨハン自身によって始まり作り上げてきたけれど、
 十代さえいればそれでいいと語ったその世界は、十代によって完結してしまった。

 けれども、ヨハンは再びこの世界へ戻ってきた。
 まるでかの精霊を思わせるその思想に、それでもヨハンはその先を求めた。
 閉じた世界からもう一度孵ろうともがいている。

「サファイア・ペガサスを召喚、Y-ドラゴン・ヘッドを攻撃! 更に、アメジスト・キャットで―――――プレイヤーにダイレクトアタック!!」
 ヨハンが高らかに宣言した。俺に防ぐ手はなかった。
 それで、決着だった。

 カウンターがゼロを示すのを見ながら思い出した様に思う。楽しい、と。
 肩で息をするヨハンへ視線を戻した。なぁ、貴様もそうだろう。
 やはり似ているなと思った。
 きっとこれなのだ。ヨハンが世界に帰った、そして世界から孵った理由は。
 十代だけで終わるには、デュエルというものはあまりに深くヨハンの中に根を張っている。
 まぁ、困ったことに逆も言えることだけれど。

 決着と同時にヨハンの中でも何かが決まった様で、その試合の後ヨハンは話があると俺の、もとい十代のマンションまで付いて来て、出した紅茶に手を付けるでもなくじっと(ほんとうにじっと)自身の手元を見詰めていた。
 俺も下手なことは言わない方がいいだろうと思ったのでそのまま待つことにして、空になったカップを握ってもう20分くらい経ったんじゃないだろうかとぼんやりと思っていたら、ふと空気がゆらいで、顔を上げたら正面から視線が絡んで、

「おれ、」

 サレンダーを、するかどうか迷っているような表情だった。
 負けは確定していて、それでも最後まで続けるかここで終わらせておくか悩んでいるような。
 ヨハンにとっては正にそういう心境だったのかも知れない。デュエルに対しては諦めるなんてことこいつは一生知らないでいるのだろうけど。
 そんなことを思っていたら決心したようにヨハンが口を開いた。泣きそうででも挑むようなその表情は、続けることを諦めたのだろうがこちらの方がヨハンにとっては多分苦しいのだ。

「俺、レイと結婚するんだ」

 ぽつりと洩らされた言葉は誰に対するものだったのか。
「そうか」
「ん・・・。別に、今すぐって訳じゃ、ないんだけど」
 少し、照れたような、それでも何か諦めたような、けれども幸せそうにヨハンは笑った。
「・・・幸せに」
 殆ど無意識で故に心からの言葉だったのに(逆にそれが気に障ったのか)、結局最後の最後地雷を踏んだ俺はその場で派手に殴られた。

 それはヨハンに初めて哀れを覚えた時と良く似たシチュエーションだったけれど、だったからこそ俺は何だか拍子抜けしていた。
 十代を、切り捨てはしないものの根底で諦めて、それでも同じようにあるヨハンは、
 案外十代ナシでも大丈夫なんじゃないかと。

 ばたんと大きく音を立てて閉まる扉を見送って、ようやく痛い、とか呟きながらこういう痛みもいつしか久しいものになっていたなぁと思った(勿論出来れば二度と体験しないに越したことはないけれど)。
 しかし、あぁ明日も公の場へ出なければいけないのに。頼むから腫れないでくれと心から願いながら冷やしていたら、隣の部屋から一部始終見ていた十代が(ヨハンは気付いていなかったけれど)、労わるように頬を撫でてくれたけれど、あのヨハンが人を殴るに至るのはいつだって100パーセントこいつの所為で、だから根本の原因はお前だろうがとぼそりと言ってしまったばっかりに十代は瞬間眉根を寄せて、俺は翌日朝からネクタイやら靴やらを探し回る羽目になった。


 じょめはどこまでも貧乏くじな人。そしてヨハンも兄貴も人間出来てない。ていうか兄貴酷い。
 本編終了7年後。ヨハン達25歳レイちゃん20歳。
 レイちゃんは今でも十代が好きだけども、必要とされることが幸せな子だから仕方ないなぁとか言ってヨハ子を選んであげるのです。
 16になってアカデミア卒業してすぐ、色んな事すっとばして結婚しましょヨハン先輩って言うのですがヨハ子が何言ってんだ俺は十代が好きなんだぜの平行線を4年ほど続けてこの度決着。
 よく似たシチュ云々は『正しき人』参照。

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