栄光部屋
□贈
1ページ/1ページ
「はい、どちら様ですか」
「お久しぶりです。万丈目先輩」
玄関を開けた俺を出迎えたのは、俺の頭ほどもあるピンク色の兎だった。
「そうしたんだ、それ」
「福引で当てたので、十代様にあげようと思って。可愛いでしょ?」
縫いぐるみを抱えるレイは、家に相当数の縫いぐるみを持っているらしい。幾度か訪れたことのあるヨハンから聞いた話ではベッドの面積が半分になっているとか。
とか言うヨハンも縫いぐるみの類はかなり好きだったな、確か。
「そんなに可愛いと思うならお前の部屋に置いとけばいいじゃないか」
「そうなんだけど、ボク同じの持ってるんですよ」
「あぁ」
そういうことか。好みだからこそ、既に同じものを持っていたのでそれは十代へプレゼント、と。
レイは足取りも軽く十代の部屋へ駆け込んで行った。起きてはいたが何をするでもなくぼんやりとしていた十代が、レイが目の前にしゃがみ込んでようやく気付いたように視線を合わせるのが大きく開かれたままの扉から見えた。
( ・・・しかし )
「十代様、これ、あたしからプレゼントです!」
その呼び名も、一人称も、笑顔も、
( 変わらない )
アカデミアにいたあの時から、何も。
いや、レイだけではない。
あれから、もう5年以上が経つというのに、皆驚くほど変わらない。
( ・・・いや、そうじゃ、ないな )
そうでは、ない。
変化、なんていうのは連続してそれを見続けると分からないものだ。
よくよく考えれば、自分は昔のように一度の敗北を2週間も3週間も引き摺ることはなくなったし、
エドが他人に向ける笑顔も、随分自然なものになったし(自然な作り笑顔、なんて日本語が成り立つなら昔から実に自然だったが)、
ヨハンの敬語にも違和感はなくなったし、
翔は少しのことに驚いたり怯んだりしなくなったし、
天上院君の少し(少しだ。ほんの少しだけ)短気だった所は驚くほど影を潜めたし、
この、レイだっていつの間にか我が侭や無茶を言わなくなっていた。
皆、確かに少しずつ変わっているんだ。
変化は、生きることそのものだ。
日々を、積み重ねるということだ。
( ただ )
そう、ただ。
ここへ来ると、十代と向き合うと、皆戻ってしまうだけだ。
あの時の、俺達に。
それは多分、「こう」なって尚、十代自身が驚くほどあの時のままだからだ。
今、興味津々の様子で縫いぐるみをつつき回す十代が。
十代は変わったと、思う。
あの3年で、いつしか、大きく。
それは会わなかった間もそうだし、今だってそうだ。
けれども、その根底にある何か。
俺達の中で、十代が十代たる何か。
酷く純粋で透明なそれが、変わること何てあるだろうか。
ただ透き通って、見えないが故に、薄れて消えることすらないようなそれが。
「縫いぐるみならデュエル教室のガキにでもくれてやればいいものを」
レイの背後に歩み寄って、思ったまま口にした。
レイが仕事の片手間開いているデュエル教室の生徒は、大半が小学生以下で、経営者が珍しく女性ということもあって女子が多い。
それこそ、縫いぐるみを好むような。
そうでなくとも、何もわざわざ男の十代に渡すことはないだろうと思う。
「でも喧嘩になっちゃったら困るし・・・。それにプレゼントは自分が貰って嬉しいものを渡すのが基本ですよ」
「気持ちは嬉しいが、十代にやった縫いぐるみや人形の類は3日と保たないぞ」
言うと、レイは振り返って笑う。
「知ってます。だから持って来たんですよ。やっぱり実用性のあるものがいいかなと思って」
その言葉が終らない内に、タイミングを計ったように、
ぶち、
十代の手の中で片耳の兎が揺れた。
+
やっぱり破壊衝動は未だに収まり切らない兄貴。
この話のレイちゃんはまだ独身ぽいので本編終了5〜8年後のどこか。