栄光部屋
□綴
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十代が、死んだ。
もうすぐ29歳になろうかという冬だった。
何の変哲もない穏やかな午後、
その日、レイと一緒にマンションで過ごしていた十代はいつもより酷く眠そうでなのに昼寝の為にベッドに入れようとしたら相当な抵抗を見せて。
けれどもレイが根気良く付き合って、ようやく眠りについたのが1時半だったらしい。
疲れているようだったしといつもより少し遅く、4時近くなってから、起こしに行った時には、
もう、十代は息をしていなかった。
俺はその最期に立ち会うことは出来なかった。
今はリーグの真っ最中で今日は準決勝で、俺はかなり追い込まれたのだけれどどうにか勝利をもぎ取ることが出来た。
結局翌日の決勝を不戦敗することになった訳だが(葬式だと言えば延期に出来るかも知れないが、それが誰のものか申告出来ないのでは話にならない)。
俺は涙声のレイから電話を受けるまで、何一つ感じなかった。朝いつものようにあいつの寝顔を一度見ただけで、俺はそのままマンションを後にしてしまった。
俺には、十代の死ぬ瞬間なんて分からなかった。
けれど、恐らく分からないであろうことは随分前から分かっていた。
だって、十代は俺を呼ばないだろうから。
表向きは行方不明となっている十代だから、通夜は町の片隅の葬儀場で静かに行われた。
全ての手配は俺がここへ帰ってくるまでに師匠やカイザー、それに天上院(では、もうないけれど)君がやってくれていて、俺に少し遅れて翔と剣山が、日が暮れる頃にエドと藤原優介が駆け付けた。
ジムとオブライエンは今日中に来るのはどうしても無理だから明日になると言っていた。
俺と藤原優介と、それと十代には、たくさんの精霊達の姿も見えていたのだろう。
看取ることさえ出来なかったと泣き叫んでいたレイは、それでも皆に連絡を取り、それから電話で事実を伝えるなり打ちつけるように切られて、以降全く繋がらないヨハンが心配だからと早々に式場を後にした。
やはり女は強いなぁと思いながらそれを見送って、俺はそれから皆と少しだけ十代の話をした。
こうして思い返すと、全人類の為に生まれてきたような人間だった癖に、本当に他人の為、ということをしない奴だった。
夜半が過ぎる頃になってようやく剣山が泣きやみ、葬式は明日の正午にということでその日は解散になった。
結局、ヨハンは現れなかった。
暗い葬儀場の中、一輪の白いユリを手に十代の棺へ歩み寄る。
ようやく初めて、棺の中を覗いた。
ここへ来る者など両手の指で足りる程だけれど、明日には棺の中は花で一杯になるんじゃないだろうか。
半日経って尚健康的な肌は、それでも痛々しいくらい白かった。
緩く組まされた手の上に、そっと花を送って。
今朝、俺が見た寝顔と一体何が違うのだろう。
何ら変わりないように見えるのに、もうここには十代はいないなんて、よく分からなかった。
ただ、会えなくなるだけだ。
どこか、もう会えない場所へ行くだけ。
それだけのことだ。そう思っていても何ら問題ないのではないだろうか。
だからだろうか。俺はどうしても泣くことは出来なかった。
十代の居なかった3年間に、プロとして顔を合わせた2年間に、共に暮らした5年間に、―――――アカデミアで出会い、過ごした3年間に、
そのたった13年の、それでも長い長い時間、俺は少しずつ覚悟を決めて行って、いつだってこの日を考えていた。いつこうなってもおかしくないと知っていた。こいつが帰ってくる前はこのまま一生会えないかも知れないとさえ思っていた。なのに、
いざこうなってみると、この現状にまるで理解が及ばなかった。
一度マンションに戻って、机の上に広げられていた十代のデッキを俺の上着のポケットへ入れた。
そのまま直ぐに外にとって返すと近くの公園へ向かう。
そこはアカデミアを卒業した後、俺と十代が初めて逢った場所だった。
そしてふいに、
そういえば、と、
こんな遅くに出歩くのをあいつは嫌ったな、とふと思った。
「万丈目」
瞬間、十代の声がどこまでも鮮やかに蘇って俺を呼んだ。
記憶に寸分違わぬ声。俺はまだこんなに覚えている。指先も口元も髪も何もかも全部。
脳裏には幾つもの戦術や、声や、表情、けれど、いくら俺が覚えていてももう十代は俺の前に姿を見せないし俺に手を伸ばさないし俺の名前を呼ばない。
世界は何も変わらないけれど、もう十代はこの世界にいない。
理解した瞬間足が止まった。
このデッキもあの声も全部十代のものなのに十代はもうどこにもいない。
ぱた、と涙が伝った。止まる気配のないそれを拭いもせず、ただその感触を感じていた。
ポケットがふいに熱を帯びた気がして、瞬間、俺の目の前には、
翼を畳んで佇む、
「・・・久しいな」
『そう? ボクはずっと見てたよ? 君も、十代も』
「そうか」
ユベルは深呼吸をするように、目を閉じて、世界を感じようとするように。
多分、この大地も、空気も、彼女は心から愛していて、
けれど、戸惑いなく選ぶんだ。いつでも、痛いくらい。
暫くそうしていたユベルは、ゆっくりと目を開いて、躊躇いなく微笑むと俺を見据えた。
こうしていたら唯の少女だなぁと、俺は思って。
やっぱり、女は強いなぁ、と、
『ボクが言うのもおかしいけど、でもありがとう。万丈目』
「いや・・・。こっちこそ」
『あーあ、最後まで勝手な人だったなぁ』
「いい加減愛想尽かしたか?」
『まさか』
互いに思う所は色々とあったのだろうが、それ以上は何も言わず。俺は、
芝生の上に置いたそのデッキに、
静かに、火を、はなった。
ゆるゆると闇の中に炎を上げるそのカードの束から片時も目を逸らさず、全てが灰になって燃え尽きるまで、俺はそこにじっと立っていた。
これは、何もかもを持っていて、それなのに何も手に出来なかったあいつが、唯一必要としたものだろうから。
全てが消えた後も、俺は暫く動けなくて。辺りが薄明るくなった頃、
ばっと何かが飛び立った音を合図みたいに、
強く、風が吹き抜けた。
翼を広げるように舞い上がる灰を、無意識に目で追って顔を上げると、
遠く、朱焼けが広がって。
・・・燃える。
お前は誰にとってもとても尊くてけれども純粋でもなければ無垢でもなかった。
だからどちらへ、否、何処へ行ったのか俺には分からない。
まぁ、どちらにしても、天使からも悪魔からもあれ程愛されたやつだ。
あの悪魔なら、たとえ天国へでも付いて行くかも知れないし、
もしかしたら駄々を捏ねて地獄へ連れて行ってしまうかも知れない。
一人を嫌ったお前はまた一人先へ歩いて、
それでもお前のことだから結局人を惹きつけて放さないのだろう?
だから別に心配なんてしていないんだ。
だって、なぁ。
結局一人じゃないんだ。お前は。けど、
そんなに迷惑をかけるんじゃないぞ。
お前が何処に行ったのかは分からないけれど、俺もいつか必ずそこへ行くから。
そこがどこであっても、必ず、今度こそ探し出すから。
だから暫くは我慢しておけ。お前の我が侭は俺がまた聞いてやるから。
「・・・さて、帰るか。明日も早いし」
一人呟いて、マンションへ向けて踵を返した。
十代、俺は、
多分これから少しずつお前のことを忘れていくんだろう。
決して忘れ去ったりはしないし出来ないけど、今こんなにも鮮やかなお前という人間は時間をかけてゆっくり薄れて消えていくと思う。生きるってことは得ることだけれど失うことでもあるのだから。
だってそうしないと生きていけないだろう、人間っていうのは。
あぁお前だけは違うのかも知れないけど。でも、どっちにしても、
いつか、俺が死ぬその時には必ずお前を呼ぶから、
だから、そうしたら今度こそ俺を呼んで。
一生なんて、どの道そんなに長くはないだろう。けれど短くもないだろう。
残せるものは僅かだし、それさえいつかは消えてしまう。けれどそれでいい。結局はそういうものだ。
まだ続くこの先の道を、
それでも真っ直ぐ前を見て生きること。一生懸命生き続けること。
お前はもう居ないけれど、お前への想いもそうして生きている。
+
この3月に2回お葬式へ行きました。
その頃勢いで書いたものに加筆修正。ユベルは十代の心を支える為に十代に溶けていきましたが、十代が死んでその心が肉体から離れたことで再び解放された、ってことで。
まぁどうせ付いて行くのでしょうけど。
『心の中で生きている』っていうのが嫌いなのです。
死んだんです。ちゃんと分かってあげて、って。
でも、想う気持ちそのものは想い続ける限り生きてると思うのです。
今後この部屋に更新があるかどうかは未定です。
書きたくなったら書きます。今までと一緒。
君 連れ去る時の訪れを いつか愛しく抱きしめることが出来るのかな
ねぇ 天(そら)を見て晴れ間がみえるね 虹がもうすぐ 架かる頃だよ
by GC 「君連れ去る時の訪れを」