遊戯王
□君の果てない夢、が
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「これが終わったらいよいよ卒業かぁ・・・」
十代がデッキを整えてホルダーに収める。
ブルー寮に入るの久しぶりだーとか言いながら、窓を大きく開いて風を受け止めた。
「俺も、殆ど2年ぶりだがな」
床へ座り込んだまま少し離れた十代を見上げた。ほんの1ヶ月程前に戻ったばかりの広い部屋は、未だにどこかよそよそしい。
「ん、長かったなぁ。色々あった」
「そう、だな」
確かに色々なことがあったと思う。この3年の密度は、眩暈がするほどで。
俺はたくさんのものを得て、
そして、俺は、
「なぁ」
十代が振り向いた。
「何で泣くの? お前」
いつの間にか頬を濡らしていた俺に十代は呆れたようだった。
その目は感情を映してはいなくて、けれども十代の一部たるそれは決して冷たくはなかった。
それだけで火傷をするような、錯覚。
「だって・・・十代は俺なんか要らないだろう・・・?」
なのに、何で来たんだ。思ったまま呟く。声は思ったよりも震えていた。
「そうやって泣いてまで俺のものになったって、お前にいい事なんかいっこもねぇよ」
そんなに俺に必要とされたいの? おかしいよそれ。気付け。
十代が息を継がずに淡々と告げながら、こちらへ歩み寄るのをぼんやり見ていたら顎を蹴飛ばされた。
少しも力の入らない俺の身体は簡単に床を転がって、止まらない涙は床へ伝った。
「違う」
「んー? 何が」
十代は俺の前にしゃがみ込む。
前髪を掴まれて、でもそれは撫でられるのと大差ないような気がした。
「・・・どうして、お前の欲しいものは何も手に入らないんだ」
俺なんか、要らないのにどうして捨てないんだ。
独り言のように、言葉が落ちて。
十代は自分から手を伸ばさない代わりに決して振り払わなかった。
それが痛みでも、歪みでも、構わず赦して、でも十代自身の中へそれを受け入れることはなくていつの間にか自分の周りに積み上がって少しずつ身動きが取れなくなっていた。
あと少し、もう少しだけ成長すればどこまでも誰よりも高く遠く強く美しく飛べる筈だった翼は、もう自身の作り上げた鳥籠の中だった。
いつからだろう。
彼を哀れに思うようになったのは。
望んだものは多くはなかった筈。
欲しがったのはあらゆる自由と、
誰も傷つけない戦いと、
孤独ではないこと、と、
ただ、真っ直ぐ決闘王を目指し続けること。
なのに、それはいつも籠の外側で、あと少しで手が届かなくて(それでも出会った当時は掠るくらいはしていたように思う)。
何時から彼は望まなくなった。何時まで俺は気付けなかった。何時の間に俺達は忘れてしまった。
守る為に、戦いを望む十代が、その為の力なんて望んでいなかったこと。
対等に、傲慢に、がむしゃらに、自分の為だけの力を求めていただけだったこと。
勝っても負けても挫折しても地に頭を付けても目指し続ける強さだけがあればそれで良かったこと。
十代は強い。強くなった。それは哀しいくらいに。痛いくらいに。
だからいつの間にか強固になってしまった鳥籠をぶち壊して飛び立つことだって出来る筈なんだ。
「明日から卒業デュエルだな。今度こそ優勝したいな、俺」
「忘れるな。俺達も立ちはだかるんだぞ」
「うん。お前と、最後にやりたいなぁ。別に翔でも、明日香でも、吹雪さんでもいいけど」
「強敵ばかり選ぶと優勝は厳しいぞ」
「・・・俺に出来ないと思う?」
火が灯った。
最終戦を、戦いたい。
必ず勝ち上がってくる十代の正面に立ちたい。
そうだ、こいつは何だって出来る。
どうしてやらないんだ。
どうして俺達を突き放して壊して手を伸ばして欲しいものを掴まないんだ。
かつて目指していた果てない夢はもう目の前にあるのに、どうしてまだ俺達なんかを。
要らない筈のものばかりを大切にするんだ。
十代の手のひらはまだ俺から離れない。
「な、万丈目、好きだぜ」
脈絡なく十代が笑った。
それが真実だと俺は知っている。
だからまた涙が溢れた。
あまりにも嬉しくて、哀しくて。
+
卒業デュエル前。
兄貴の心の在り方を相当特殊な捉え方してるので、あれやこれやと毎回例えというか比喩を出しているのですが。
どこまでも最低で最強で、なのに『決闘王』を忘れてしまった兄貴は可哀想な人なのかなーと私は思ってます。だからせめてうちのサイトでは好き勝手させたいんですよね(アニメでも好き勝手やってましたが)。
ひらり蝶々を追いかけて 白い帆を揚げて
母の日になればミズキの葉、送って下さい
待たなくてもいいよ 知らなくてもいいよ
薄紅色の可愛い君のね 果てない夢がちゃんと終わりますように
by 一青窈『ハナミズキ』